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流星群

 その日は流星群が見えると聞いて、私は衝動的に一人で車を運転して山の上までやってきた。

「良かった。つけた」

 暗い山道の運転は本当に怖くて、動物が飛び出してこなくて良かったし、滑ったりぶつかったりもしなくてほんっとうに良かった。

 山の上には展望台がある。手前の駐車場には何台か車が止まっていて、展望台はそこそこの人数がいた。思っていたよりも人気スポットだったらしい。その割には静かで、ほとんどの人が一人で星を見に来ているようだった。

 てっきり全然人がいないか、逆にカップルばかりで賑やかなのを予想していたからちょっと意外だ。

 先に観測を始めている人々は皆双眼鏡や本格的な望遠鏡を覗いている。残念ながら私はなにも持っていない。思いつきだったし、勢いだけで来てしまったから仕方ないけど、途中で双眼鏡くらい買えばよかった。といっても双眼鏡がどこに売っているかなんて知らないのだけど。

 空いている場所はいっぱいあって、どこで見るのが良いかわからない。いっその事売店でコーヒーだけ買って、車の中で見てもいいのかも。そう思って売店でコーヒーを買い車に戻る。秋とは言え夜も遅くてコーヒーからはもくもくと湯気が上がる。

「あれ?」

 展望台のデッキの方で一人で星を見ている男性の背中に見覚えがある。ゆっくりと近づくと、その背中は間違いがなさそうなので声をかける。

「あの……」

「……? え? ええ? き、木原さん?」

「あ、やっぱり臼井さんでしたか」

 振り向いた男性は同じ職場の人だった。といっても部署も年次も違うから関わったことはない。私が一方的に知っているだけだ。……と、思っていたのだけど。

「臼井さん、私のことご存じだったんですね」

「えっと……はい。実は。というか木原さんも俺のこと知ってたんですね」

「それはもう。だってこの前表彰されてらしたじゃないですか」

 そう。彼、臼井健介は社内の優秀技術者として先日社長賞に選ばれていた。だからきっと社内で彼を知らない人などいないだろう。でも私はそうではない。私は経理部だし担当は営業部なので製造部の人と関わることはないから、臼井さんが私を知っているのは何故だろう。

「表彰はあれは、みんなにもらったものです。俺は代表で受け取っただけですよ」

 そうはにかむ臼井さんは仕事中の真剣な表情とはまるで別人だ。なるほどモテるわけだ。

「その、なぜ私のことを?」

「あー……営業部に俺の同期がいて。大木って言うんですけど」

「大木さん。いらっしゃいますね。同期だったんですか」

 大木茂は営業部のいわゆるエースで、仕事をたくさん取ってくるし顧客からの覚えも良い。ただ経理処理が雑なだけだ。

「ええ。大木から木原さんのことを聞いていて、経理部に領収書を持って行くときに顔も見てましたし」

「そうでしたか」

 なるほど。大木さんからさぞかし私の愚痴を聞いていることだろう。それならきっと怖いとかキツいとか思われているんだろうな。

「なので……あ、木原さんは星を見に来てるんですよね?」

「はい。といっても天体観測ってしたことないんです。今日も思いつきでふらっと来ただけで」

「良ければこれ、覗きます?」

 そう言って臼井さんが指したのは大きな天体望遠鏡だった。テレビなんかでは見たことがあるけど、本物を触るのは初めてだ。

「すごい。立派ですねえ」

「俺のとっておきです。調整はしてありますので、ここを覗けば見えますよ」

 言われたとおりに望遠鏡を覗き込む。するとたくさんの光が目に飛び込んできた。

「すごい。すごいです。え? こんなにたくさん? ええ?」

 びっくりして、望遠鏡と肉眼とで見える夜空を見比べてしまう。

「はー……すごいですねえ」

「そこまで驚いてもらえれば望遠鏡も本望ですよ」

「す、すみません。はしゃいじゃって」

 我に返ると恥ずかしくて、思わず目を伏せてしまう。ほぼ初対面の人を相手に大人げなくはしゃいでしまった。

「いえいえ。俺が思っていたとおりの可愛い人だってわかって嬉しいです」

「え。でも大木さんからは」

「たぶん予想通りです。でも悪いのはあいつでしょ。どうせ領収書ため込んだり申請遅らせたり日付間違えたりしていたんでしょうから」

 わかっていらっしゃる。思わず吹き出してしまう。きっと新入社員時代からそうなんだろう。でも『営業部のエース』だから、なあなあにされてしまっている。

「むしろそんなだらしのない男に根気強く指摘し続ける木原さんを尊敬します。俺には無理です」

 ふと、臼井さんが提出していた領収書の裏面の但し書きを思い出した。とてもきれいで几帳面な文字が乱れることなく綴られていて、きっとこの人は真面目で丁寧な人なんだろうなと思ったのだ。……であれば、確かに経理処理や事務処理全般が雑な大木さんとは相性が悪いだろう。

「大木は……悪い奴ではないし、話をする分には楽しいんですけどね。でも仕事は一緒にしたくないです」

「そうかもしれないですね。私も嫌です」

 そう言うと臼井さんは目を丸くしてから笑った。

「あ」

 星が流れた。

「始まった」

 臼井さんが呟き望遠鏡を覗き込む。私も空を見上げ、流れゆく星を見つめる。勧められて再び望遠鏡を覗くと、たくさんの星がまるで川みたいに流れていくのが見えた。

「きれいですね」

「ええ。見に来て良かった。木原さんにも会えましたし」

「?」

 それは、どういうことでしょうか。

「あの、連絡先教えてもらってもいいですか」

「はい」

 互いにスマホを取り出して連絡先を交換する。スマホの光を映した臼井さんの瞳はキラキラ光っていて、どこかへ流れていかないか心配になった。思わず臼井さんの服の裾を掴んでしまって、私は、どうしよう? いっそのこと一緒に流れていってしまおうか。



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