坂道
「遅刻、遅刻!」
新学期早々遅刻とか有り得ないから! 寝坊した私、木原透子は全力疾走していた。
「お母さんは起こしてくれないし!」
母は『仕事でトラブルがあったので先に出ます。寝坊しないように』と手書きのメモを残して出勤してしまっていた。それメモで言っても意味ないじゃん! せめてSNSで送っておいてくれれば良かったのに!
なんて責任転嫁しつつ全力で走る。この坂を下りきれば校門は目の前だ。たぶん、きっと、おそらく希望的観測で間に合うはずである。
「あと、ちょっとっ、うわあ」
「うっわ」
やってしまった。角から人が出てきて思いっきりぶつかってしまった。お互いにひっくり返り、お尻が痛くて立ち上がれない。
「ごめん、大丈夫?」
「や、こっちこそ。ごめんなさい、急いでて、走ってて」
心配そうに手を差し伸べてくれたのは、同じ高校の制服を着た男の子だった。でも二年生のピンをつけているから同じ学年のはずなのに見覚えがない。
手を借りて起き上がると、相手の男の子は思ったより背が高くてかっこいい。これが役得? 違うか。棚ぼたとか、そういうの。
「同じ学校だよね?」
「そこの高校だよね。俺、今日からの転入生なんだ」
「あ、そうなん」
ん、じゃあ一緒に連れて行けば遅刻を免除されるのでは? ついでにイケメンに感謝されて一挙両得、一攫千金では?
「じゃあ一緒に行こうか」
「助かるけど、急いでたんじゃ?」
「まあいいよ。今更だし」
「そっか。……やっぱり、優しいんだな」
「?」
「なんでもない。行こう」
彼は笑顔で歩きだし、私も一緒に歩いて行く。……そのつもりが、すぐにすっ転んだ。というか痛くて足が動かなかった。
「ごめ、ちょ、先に行って」
「大丈夫じゃないな? ごめん、怒らないでくれよ」
「え」
これは……俗に言うお姫様抱っこでは? 彼は私を軽々……とはいかないけど、よいしょと持ち上げゆっくりと歩き出す。
「ちょっ、待って! 恥ずかしい!」
「そう?」
なんでそんな笑顔なの⁉ そういう趣味の人⁉ 彼は暴れる私に動じることなく、学校まで着いてしまった。
「もういっそ殺せ」
「大丈夫、責任は取るから」
「なんの⁉」
突っ込み疲れてきた。彼はそのままごった返す昇降口で器用に私を抱えたまま靴を履き替える。
「保健室ってどこ?」
「職員室じゃなくて?」
「透子の足、見てもらった方がいいだろ」
そういう優しさはなー、ありがたいんだけどなー。もうちょっと別の部分についての気遣いをね? ね⁉ なんて思いに彼は気付くこともなく、私が指さした方に進む。
「失礼します」
「あらあら? あなた二年の木原さん? と……君は?」
校医の先生は面白そうな顔を隠しもしない。彼が事情を説明して、ようやく私は保健室の丸椅子に下ろされた。
「じゃあ俺は職員室に行くから。またな、透子」
「うん」
彼は爽やかな笑顔で去って行った。
「知り合いかしら」
「あんな変態知りません」
「ずいぶん親しげだったけどお?」
先生はニヤニヤしながら私の足を確認し、湿布と包帯を巻いてくれる。そういえばなんで奴は私の名前を知っていたんだろう? ていうかめっちゃ馴れ馴れしいなもう。
「はい、できた。放課後になっても痛むようだったら病院に行きなさいね」
「はーい。ありがとうございました」
ひょこひょこと保健室を出て、まずは昇降口で履き替える。その後自分の教室に行くと、もうホームルームが始まっていた。
「怪我して遅くなりましたー」
「ああ。臼井くんから聞いている」
「だれ? って、うわ、出た」
教卓の先生に並んで、先程の男の子がやっぱり笑顔で立っていた。私の反応に先生は怪訝な顔をし、クラスメイトは好奇心であふれかえった顔でこちらを見ている。
「透子、同じクラスだったんだな! よろしくな!」
……ちょっと意識が遠のいた。遠くでクラスメイトが騒ぎ立てる声が聞こえた気がした。




