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d|IF|fer Affection  作者: 江川無名
第一章 「依存と信頼」
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第三話   目的に沿りて、喧噪へ

「元々、あの能力自体はお渡しする予定でした。ただ、直ぐに信じられるはずもないので、信じていただくために、利用しただけです。あ、ちなみにあの能力は五秒が最大です」


 一番近くの都市(まち)に行くために森を歩いている途中に、ティシアが右隣でそんなことを語った。


「能力を渡そうとした理由はなんで?」


 彼女は適切な言葉を探し出すためか――少しばかり長い時間、沈黙に俺の相手をさせる。

 森を彷徨う生物達も、心なしか静かになった。


 俺も沈黙も、互いに相手するに飽き始めた頃、ティシアは口を開く。


「それは、あなたがおそらく――この世界の魔法が使えない(・・・・・・・)からです。そして、私達女神は契約してくださったあなたが死なないようにする義務があります。――つまり、命の保証をしなければならない」



「だからこの能力を付与することで、使えない魔法の部分を補完して、最低限、命の保証をしようと」

「はい、そうですね。今はその能力が体に適応していないので、他の魔法を与えていませんが、状況と適応力に応じて、それなりに――まあ、なんとかしますよ」

 

 最後に口にした恣意的な発言に、微かな疑問が残るも、俺はその疑問を頭の端に追いやって話を続けた。


「――魔法が使えないっていうのは、この世界の人間と地球の人間の体内構造が違うからっていうことでいい?」

「そうなりますね……ただ、姿が変わっている(・・・・・・・・)ということは、体内の構造自体も変化しているのかもしれないですね……どうなんでしょう?」



「神に分からないのに、俺が知るはず――」


 

 「ぐうの音も出ませんね」とティシアは楚々として笑う。


 森を抜けて、草原に出る。

 草原には都市(まち)に続く一本の道があった。

 その道は、草を生えさせないという形で完全に舗装されており、山吹色の土が、上を歩く度僅かに宙に舞った。


 

「とりあえず、一つやっていただきたいことがあるのです。完全契約はその後にしましょう。今はあくまで仮です」

「……分かった」



「話が早くて助かります。……契約後の話もしておきますと――まずは魔王と呼ばれている人物を世界から探し出さないといけません」

「質問ばっかりで悪いんだけど、魔王? はすぐに見つけられないのか?」

「無理です。――なんと説明すればよいのやら」


 彼女はまた――しかもかなり長い時間、沈黙に俺の相手をさせる。

 沈黙は最初から、俺の相手に飽き飽きしており――風を吹かせたり、鳥を鳴かせたり、石を転がしたりと、やりたい放題だった。


 その事実に気付いたのか、ティシアは急くように会話を再開させた。

 

「――一つ大事なこと。それは神の寿命は永遠ではないということです。長くて六百年。それが我々神の寿命です」

「……永遠じゃないんだな」

「そうですね。まあ、当然といえば当然でしょうけど……。そして、神は未来や過去、戦のように何らかのものを司っています。その中でも、神の始祖たる人物――最高神は全知全能を司る神です。しかし、基本的には眠っていて、百年に一度起きるか起きないか。――正確には完全なる災いが降り注ぐと予見した時にしか起きない」


「全知全能とは、随分と大きく出たな」


「始祖ですから。……そんな彼女が目を覚まし、ただ告げた。世界は――終わりに近づいている、と」


 

 終わりに近づいている。



 たったこれだけしか言われなかったら――何故も、いつも、誰がも分からないせいで、混乱してしまうに違いない。

 その考えを肯定するように、彼女は後の言葉を紡いだ。


「まあ、何も情報がないせいで混乱してしまうわけで……。ただ、誰がが分からない限りどうしようもありません。なので、当然、世界を終わりに導こうとしている人物を見つけ出そうとするわけです。しかし、一代目(・・・)の神々は寿命が近づいており、植物状態になっている、もしくは、既に亡くなられていました」



「…………植物状態」



「つまり、完全なる神の能力を持つ一代目が居なくなってきているせいで、誰も視れないんですよ。未来も、現在も、過去も。だから、魔王たる存在が誰なのか――そして、何をしようとしているのかが神々には分からない。……残った神達は口を揃えて言っています。――最悪なタイミングで災いが降り注いでしまったと」


「全知全能の神がずっと起きていれたらいいのに――と俺のような一般人は思うけど」


「それは私達だって思いますよ? でも、彼女にもいろいろあるのでしょう。推測ではありますが――全知全能であるということは、世界の全ての情報が脳に流し込まれているということでもある。脳に負担はかかるでしょうし、情報の整理もしていかなければならない。…………脳が情報を整理するのは睡眠しているとき――ここは神であっても変わらないわけですから。それに彼女だって――」



 睡眠が重要とされている理由。

 その一つが、一日の記憶の整理で、一日に睡眠すべき時間は八時間程度とされている。

 人一人でもこれだけ必要なのに――この世界のすべての情報を知り続け、整理しなければならないとなると、起きる事等一切叶わないのかもしれない。


 起きて、声を出し、一言で危険を知らせる。

 これだけでも十分重労働なのだろう。


 俺は独りでに納得していると――穏やかではない風が何かを警告するように、一瞬だけ吹き荒れた。

 

「なので、残された時間で探し出すしかないのです。今はまだ息を潜めている――魔王たる人物を」


 薄紅色の髪を風になびかせながら、ティシアは真剣な眼差しで最後の言葉を告げると同時に、目の前に都市の入り口に辿り着く。


「着きましたね」


 都市の入り口――とはいっても、誰かがいるわけではなく、検問もなければ、門もない。ましてや、壁なんてありもしない。

 入り口から突然と建物が並び始めているだけ。

 

 一応規則はあるのか――入り口より前に出ている建物はなく、直線状に並んでいた。


 黄昏時となった世界。

 空には多くの雲があり、今はまだ、儚さ残る橙色が世界を優しく包み込んでいるが、夜は残念ながら星が見せそうにない。



 そんな中、あまりにも開放的すぎる入り口をくぐって、都市にお邪魔する。

 都市の景観は、中世と言っていいのかは不明だが――古き良き時代を感じることのできる、欧州あたりの街並み。

 灰色の統一性のない石が、道を作り、煉瓦と木が基調となる、瀟洒で懐かしさすら覚えてしまう建造物。

 

 ティシアは都市の中心に向かって足を進めていく。

 あまり広い都市ではないのだろう。歩いて一分も経たない内に、広場と思われる円形の空間が視界に入ってきた。



「あ、そうだ。さっき言ってたやってもらいたいことっていうやつの話をしたいんだけど」

「それは――っと、ちょっと待ってください」



 ティシアは何かに気付いたらしく、会話をすぐに中断させて、広場の中心に向かって駆けていく。


 彼女の後を追って、俺も広場へ歩いて行く。

 広場はたいして大きくなく、直径五十メートル程度だった。

 しかも、八割以上は二段分の段差になっていて、その中心には巨大な魔法陣が描かれていた。


「どうしたんですか?」


 困り果てた表情をして魔法陣を眺めている、長い黒紅色の髪を持った、三十代後半程度の一人の男性に対して、ティシアは優しく声をかけた。

 俺は段差を上ろうと思ったが、直ぐにやめて、広場の端の壁にもたれかかった。


 距離はそこまで遠くないため、ティシアと男性の会話は鮮明にきこえてくる。

 男性は魔法陣を叩きながら、彼女に答えを返す。


「転移装置が急に起動しなくなったんだよ」

「転移装置が……ですか?」

「ああ、魔法が切れて円針(えんしん)が落下。今、他の奴らが状況を把握しにいっているが……理由が分からないんだ」

「怪我人はいらっしゃらなかったですか?」

「ああ、いなかった」


 「それはひとまずよかったです」とティシアは莞爾として笑う。


 円針というのは二人の横にある――何やら文字が刻まれた、鉛のような物質でできた円状の物体だと予想できる。

 三メートル程度のフラフープ型の丸い針。――ただし、立体的ではなく、平面的である。

 さらにその横には、一回り大きな円針が置かれていた。


「円針と魔法陣を調べたけど、これといった不具合は見られない。……はぁ……漸く、この都市もある程度移動が楽になったと思ったんだけどな」


「魔法陣にも問題なし……二つの円針にも問題なし……ですか。――もしかしたら、他の都市側に問題があるのかもしれませんね? この転移装置が何処につながっているかわかったりしますか?」

「ああっと……。南と西と東に、一つずつ繋がっている都市があったはずだ」

「そうですか……先程も少し言いましたが、その三か所の都市の何れかの魔法陣に問題があるのかもしれませんね……少なくとも、この転移装置に問題はないように思います」

「やっぱリそんなのか。……それにしても、そんなにすぐわかるとは恐れ入ったよ」



「――魔法陣の分野には少し自信がありまして」



 何の衒いもなく、ティシアは嘯く。――いや、本当なのかもしれないが。

 

 彼女は一頻り男性とのやり取りを終えて、男性の元を後にして、人通りの邪魔にならないように、壁際に移動していた俺の方へとやってくる。

 男は「助かった」と言いながら、ティシアに向かって、一度深く礼をしていた。


「あれは別の都市に移動できる装置なのか?」

「そうですね。転移装置――正しくは、転移魔法陣と呼ぶべきでしょうか。五百年の時を経て創られた、人類の最高叡智。今はまだ創られたばかりで、周辺の都市へしか移動することができませんが、世界が何千年と経過した時、転移魔法はきっと発展していることでしょう。……残念ながら、発展をさいごまで見届けることはできませんが」

 

 今まで通りの穏やかな表情の中にある寂し気な雰囲気が、頭の中にこびりつく。


「もうすぐ夜になってしまいます。目的の時間になる前に、ハルキさんが今後の生活に困らないように、色々準備しておきましょうか」


 ティシアは淑やかに微笑んだ後、ショップが立ち並ぶ大通りにつま先を向けて、足を進める。

 彼女と(くつわ)を揃えて歩けるように、俺は少しだけ小幅になって歩き始めた。



◇◇◇



 色々と準備する中で、ティシアから聞いた話。


 この世界は年数を数え始めて――地球でいう紀元――から、五百三十六年であるということ。

 紀元元年は、人間によって神が信仰され――それによって、神の始祖である全知全能の神が誕生した日とされているということ。

 神の最長寿命は、あくまで予測でしかないということ。――そもそも神が誕生してから、六百年も経っていないのだから、当然ともいえる。

 また、人のように老体せずに、突然、植物状態となってしまうため、能力の継承する時期が分からないこと。

 


「世代交代や神の死は初めてなので、色々大変なんです。神には神の、人には人の、悩みがあるということですね」


 

 もし、一代目の死を早く理解できていれば、次の世代に能力を簡単に継承することができていたし、魔王たる人物もすぐに見つけ出して対処することができたのだろう。


 

 ――もっと言うと、俺が生きながらえることもなかったのだろう。



 雲が夜空を隠そうとする中、月は何とか世界に明かりを届けている。


「ここです」

 

 ティシアは俺を裏路地の()へと案内し、立ち止まりざま、そんな言葉を発した。

 当然、目の前には壁しかない。


 大きさがばらばらなサンドブラウンの石を積み重ねることでできた壁を前に、俺は首をかしげること以外の動作ができなかった。


「ん? 何もないけど?」

「……まあ、みててください」


 彼女は壁に右手を当てる。

 魔法を唱える予備動作なのか――彼女はいつものようにゆっくりと目を閉じて――。



視えない扉(プレイ)をこじ開けろ(オープン)


 

 ただ一言呟いた。 

 すると、石壁が青白く発光し――上辺が曲線になっている、真っ赤な両開きの扉が、()から出てきた。

 扉はそのまま、軋んだ音を裏路地に響かせながら、ゆっくりと奥に向かって開いていく。


「……いきましょう」

「ザ、魔法って感じがするな」



「…………ですね」


 俺とティシアは、特に代わり映えのしないやり取りを交わし、何の変哲もなかった壁から出現した扉をくぐり、重い一歩を踏み出した。

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