第5話 白馬の際会
僕がそう告げると、東風浦は一度目を見開いてからフッと鼻を鳴らしてから豪快に笑う。
「ハッハッ、なるほどな。流石はアイツの息子だとでも言っておこうか。で? お前さんの魂胆は、旭立の嬢ちゃんを連れ出すことだろう?」
「そこまでお見通しでしたか。ええ、その通りです。僕はこれから、緋彩を救うために中央塔を目指します」
「馬鹿野郎、お前さんみたいな小せぇやつが世界を滅ぼすって言ったらそれしかねぇだろ。それにお前さんの経歴を見れば直ぐにピンとくるぜ」
はぁ……とため息をついてから東風浦は話を続ける。
「まぁ、お前さんの考えも理解できねぇわけじゃねぇよ。お前さんを取り巻く環境は理不尽の連続だったからな。だから、俺はお前さんをどうこうするつもりはない。アイツの遺書もあるしな……」
先程の問答で一瞬戦闘に移るかも、と身構えたが、この分だとどうやら杞憂だったようだ。
だが一つ気になる内容があった。
「遺書……?」
「あぁ、俺がお前さんの親父と仲がよかったことは知っているだろう?それに加えてアイツと俺は同じ部隊だったこともあって、もしものときに備えて遺書を預かってたんだ。で、その遺書に自分にもしものことがあったら謳歌を助けてやってくれって書いてあったんだよ」
そんなものがあったのか。
と言うよりも、僕の場合は両親が戦死したことそのものを隠されていたから、遺書そのものも何処かへ隠されてしまったんだろう。
「だが、面目ねぇことに俺はお前さんを助けることができなかった。その上、自分に代わってお前さんを助けてくれた旭立の家を俺の手でお前ごと潰した。だから、アイツやお前さんに許してくれとは言わない。だが、せめてもの償いとしてお前さんがここから出してやる」
それは、願ってもないことであった。
だがそれでも、自分達をこんな状況へと追い込んだのだと告げた男を許すわけにはいかなかった。
でも、だからといって優先事項を間違えてはいけない。
僕にとっての最優先事項は緋彩を迎えに行くことだ。
だから、そのためにすべきことは私情を優先してこの男の申し出を拒絶ことではない。
「分かりました。ここから出してもらえるのであれば、よろしくお願いします」
「あぁ、任せてくれ。ならまずは服を変えねぇとな。そこにある軍服に着替えてくれ。そしたら、この認証カードを渡す」
そう言われた僕は、東風浦が指差した先にあるクローゼットの中から自分のサイズにあった軍服を選び、それに着替える。
先程まで着ていたゆったりとした白色の病衣の様な服とは異なり、軍服というだけあって窮屈である。
だが、その軍服は看守用に支給されるものであり、普通の軍服とは異なり、コンパクトに改良された強化衣となっていた。
それにより、その軍服は身体能力を強化する役割を持っているため、先程よりも格段に動きやすい。
そして着替え終わったことで東風浦から認証カードを受け取る。
このカードは身分証の様な役割を持っており、区間を隔てる防壁を通る際に必要となる。
「よし、じゃあ俺の後ろについてこい。お前さんを外に出してやる」
「外に出すといっても、どこから出るんですか?」
僕はふと思ったことを口にした。
「どこも何も正面からだ。まぁ、安心しろ。これでも俺は軍の中では顔が利くんだ。顔パスで行けるぜ」
本当に大丈夫なのだろうか。そう思うも、結果としては東風浦の言った通りになり、僕らはつつがなく収容所から出ることが出来た。
そして、収容所のある第二軍事利用区と商業区を繋ぐ区画管理用の防壁もこれまた顔パスで抜け、僕は完全に軍の下から抜け出すことに成功する。
「取り敢えずは無事に抜け出せたな。ここでお前さんとはお別れだ。俺にも守んなきゃいけねぇ家族がいる。だから、お前さんのやることにこれ以上手を貸すことはできねぇ。お前さん――いや、謳歌。次に会ったときは俺はお前を殺すつもりでかかるぜ」
「一応、お礼を言っておきます。ありがとうございました」
僕が最後にそう告げると、東風浦はおう、と言い残してからこちらに背を向け、手をひらひらと振りながら立ち去っていった。
時刻は夕方であり、そびえ立つビルの群れは夕日を浴びて茜色に染まっている。
だが、道は往来する人々で溢れており、流石商業区と言うべきか客引きの声などの喧騒によって活気だっている。
行こう、そう呟いてから僕は商業区と中央区を繋ぐ防壁の下へと急ぐ。
そうして、人の群れを掻き分けながら何とか防壁へ辿り着き、関所へ伸びる列へと並ぶ。
数分程待ってからようやく僕の番が回り、機械へと認証カードをかざして関門を通り抜けようとするも、突然ビーッという耳障りな音が鳴り響く。
何だ? と思い、僕が困惑しているうちに軍服を身に纏った男達が僕を取り囲む。
「すみません。一度カードを見せてもらっても構いませんか?」
そして、僕を取り囲んだ5人の内の一人が僕の前で来てそう告げる。
僕は言われた通りにカードを手渡すも、内心は焦燥感に満ちていた。
そのため、次の男の発現次第で直様行動できるよう身構える。
「あれ? 一般の二等士兵として登録されていますね。ですが、能力者を感知するゲートが反応してい……」
そう男が行動を言い終わる前に僕はその男を強化衣によって強化された腕で思い切り殴り飛ばし、その手に持っていた小銃型の電撃銃を奪い取る。
その後、瞬時に隣にいた男の足元へと照準を合わせて一切の躊躇無く引き金を引き、次にその奥でこちら銃を構えようとしていた男の腕も同様に撃ち抜く。
やがて最後の一人となった男は慌てて逃げようとするも、時既に遅し。その瞬間には僕はすでに男に向けて照準を合わせており、引き金に指を掛ける。
そして指へと力を込めようとしたそのとき――突然、何者かが猛スピードで来襲したことで腹部へと衝撃が走り、僕の身体は遠方へと吹き飛ばされ、背中を城壁へと打ち付けられる。
だが、咄嗟に力を込めたことで、銃を手放すという事態だけは避けることが出来た。
そして突然現れた何者かは、倒れ伏す僕を冷ややかな目で見下ろし名乗りを上げた。
「磯城島帝国軍能力開発部管轄特士兼能力者強制収容所看守長の七草霊辰だ。通報を受けて参上した」