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第4話 縁を運ぶ東の風

 



 そうして、彼女の笑顔を見て今回はちゃんと聞けたな、などと思いつつ僕の視界は闇に染まる。


 次に僕が目を開けたときには、寝始めた体勢と全く変わらない状態で独房にある布団のなかにいた。


 記憶を追体験したことで緋彩のことや、あの日何があったのかを思い出すことができた。


 だが、緋彩が思い出させてくれなかったら数日後僕はどうなっていたのだろう。緋彩を見捨て、この檻のなかで世界が消えるその日まで、のうのうと生き続けていたのだろうか……

 そう考えると血管が凍る思いだ。


 だとしても、僕は思い出すことができた。そして、記憶を思い出したことではっきりしたが、やはり僕は捕まった後に記憶を弄られていのだろう。


 完全に記憶が戻ったわけではないが、記憶のなかに幾つもの齟齬がある。まず第一に、緋彩のことを含めて旭立の家で過ごしたこと――というよりも、元々はこの収容所の外で暮らしていたということを忘れさせられている。


 変わりに、物心ついたときからこの収容所で暮らしてきたのだという記憶が植え付けられている。


 加えて、僕自身が能力者であるということ自体は自覚できても、具体的にどんな能力を持っているのか? と問われれば、それはある程度記憶が戻った今でも分からない。


 本来、能力者であれば、自分がどんな能力を持っているのだろう? などといった疑問を持つことすらなく、手や足を動かし方が分かるのと同じ様に能力の使い方も、どんな能力であるのかも自覚することが出来る。


 と言うよりも、そもそもがおかしいのだ。

 能力者であるにも関わらず、肝心の能力の使い方もどんな能力であるかも分からないという状況が。


 そして、あまつさえその事に疑問さえ抱かなかったということが。

 明らかに故意的に記憶を抹消および改変されている。


 だが、自覚は出来ずとも今までの出来事から何となく能力の予想はつく。


 僕はこの収容所で生活をするなかで突発的に頭痛を引き起こしていた。


 そして、頭痛がしている間は場所や時間帯すらバラバラな何処かの光景が無差別に視界に飛び込み、音や空気感などといった様々な感覚が脳へと焼き付けられるのだ。


 これはおそらく未来予知や千里眼に近いような能力だろう。


 頭痛がするのは様々な場所にいる感覚が一度に脳へと押し寄せるからであり、突発的に能力が発動するのは使い方を忘却してしまっているからではないだろうか。


 なにはともあれ、僕が今唯一持っている武器である能力が使えないのは致命的だ。早いところ使いこなせるようにならなくてはならない。


 緋彩の残りの寿命はあと五日。だが、あくまでも寿命は寿命であり、それよりも早く力尽きてしまうことも十分に有り得る。


 できることなら三日以内で彼女の下に辿り着きたい。

 だが、焦りは禁物た。ここからの行動一つ一つ命取りになるかもしれない。


 それでも現状最も優先すべき事項はこの収容所から脱出することだ。うだうだと考えている時間もないが、ちゃんと策を練ってから実行に移さなくてはならない。



 –––––




 突如として、長い廊下の先にある独房の中から少年のものと思しき絶叫が上がる。


 絶叫を上げた少年は頭痛に苦しんでいるのか、頭を抱えてのたうち回っており、それに見かねた見張り役の軍人が声を掛ける。


「チッ。またかよ。この短時間で何回目だ? しょうがねぇ、医務室に連れ行ってやるから早く出ろ」


 だが、軍人がそう告げても少年は暫くの間は絶叫を上げたままであり、数分経つとようやく頭痛が収まったのか、よろよろと立ち上がって牢の扉の前へと移動する。


 軍人はやっとかよ、と一人愚痴りながら扉の電子ロックを解除し、少年の首にいざとなった際に爆破するようの枷が付いていることを確認し、腕に手錠を嵌めてから少年を牢から出す。


 そして、少年に銃を突き付けた状態で医務室へと向う。長い廊下を通り、二重にロックされた扉を抜け、角を何回目が曲がった際に少年が頭を抱えて蹲る。


 職務上確認をしなければならない軍人は、面倒くさがりつつも少年の様子を確認しようと屈もうとしたタイミングで、少年は軍人の顎を目掛けて、手錠の鎖の付いた側面の角の向きを頭上に構えて勢い良く立ち上がろうとしたその時――道角から人影が現れる。


「こ、東風浦准特士殿!?」


 道角から現れた人物は、通常よりも仕立ての良い軍服に漆黒の外套を羽織り、胸には金色に輝く勲章を携え、口の上には形の整った逞しい髭を貯えた覇気に溢れた中年の男だった。


「御苦労。おっ、もしかして、その後ろにいるやつが例の能力者か?」


「はっ。そ、その通りであります。ただ今医務室へと連行している次第であります」


 男の階級である准特士とは、軍の階級の中でも三番目に高い程であり、まだまだ下級の身である付き添いの軍人が緊張のあまり声が震えてしまうことも無理はなかった。


「なるほどねぇ。まぁいいか、こいつとは前から一度話してみてぇと思ってたんだよ。その付き添いの役、俺が代わってもいいか?」


「話したい……? い、いえ。畏まりました」


 男の突然の申し出に付き添いの軍人は思わず心中で思ったことを吐露しかけるが、慌てて口を噤み、了承の旨を伝える。


「で、では私はここで失礼します!」


 そう告げると付き添いの軍人は足早に立ち去ってしまった。


「おい、何をボサッとしてるんだ。早く行くぞ」


 男は付き添いに置いていかれて呆気に取られている少年に対して、半ば一方的にそう言い放ち、先に歩いていってしまう。


 少年は囚人を置いて歩き去ってしまう男に驚愕しつつ、一瞬の逡巡を挟んでから急いで男のあとを追いかける。


 その後、男の歩調に合わせながら暫く歩くと、男は突如として一つの部屋の前で立ち止まり、扉の電子ロックを解除する。


 その場所は位置的に考えたとしても医務室などではなく、扉には第七看守室の文字が刻まれている。


 そうして男は自然な様子で部屋の中へと入っていき、少年も困惑しつつ後に続く。そして、男はどっしりと腰掛け、机を挟んで対面にあるソファに少年が座るよう促す。


 少年はおずおずとソファに腰掛け、ゆっくりと男の顔を見上げる。

 そして、男は語り出す。


「お前さんが春岐謳歌だな? 話はいろいろと聞いてるぜ」


 男はさも初めましてであるかのように少年に声を掛ける。

 だが、少年は男とは違った反応を返す。


「ええ。()()()()()です。東風浦雉彦(こちうらきじひこ)さん」


 そう少年が言うと、男――東風浦は一度目を細め、ほう? と呟いてから少年の目を真っ直ぐに見据える。


「付き添いのやつの顎を手錠で打ち抜こうとするもんだから、まさかとは思ったけどよ。お前さん、思い出しちまったみてぇだな? こっちが都合のわりぃことも色々とよ。謳歌、お前まさかとは思うがこの収容所から脱走しようだなんて考えてんじゃねぇんだろうな?」


 東風浦はそう言うと強烈な威圧感を放ち始め、己の口ひげを撫でながら、口角をにぃっと釣り上げて好戦的な笑みを浮かべる。


 だが、少年も一度東風浦の顔を睨みつけ、その後負けじと挑発的な笑みを浮かべ返す。そして、少年は告げる。



「いえいえ、そんなまさか。いや、ただちょっと――世界を滅ぼしてやろうと思っているだけですよ」





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