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第3話 世界滅亡宣言

 



 雪が降り注ぎ、雲の破れ目からは太陽が燦々と輝くなか森林を背にして切り立った崖の上にある簡素な神社。

 その裏にある、深い紅に染まった葉に淡桃色の花を付けた満開と言った様子の桜にも似た大きな御神木の下――四季が入り混じった不可思議な空間に二つの人影があった。


「――――の結末を見て、君はどう思った?」


「これでよかったんじゃないかな。――も幸せになれたと思うよ」


「そっか、それは願ってもないことだな。ただ……」


「ただ?」


「いや、何でもない。僕はもう一度、同じ人生を歩んでみるよ」


 沈んでいた意識が浮上し、目を開けると僕の目の前では見知らぬ誰かが会話をしていた。


 ――誰だ? 何を話している?


 そう思い、彼らへと近づこうとしたことで気付く。およそ身体とも呼べるものが今の僕にはなかったのだ。


 だが、目の前の光景は見えるし音も聞こえる。木々の匂いも分かるも唯一触覚だけがなく、肩へと積もるはずの雪は、僕の身体を通り抜けて地面へと落ちていく。


 言わば透明人間状態、というよりも僕は実際にここにいるわけでわなく、先程と同様に過去の記憶を見ているのだろう。


 そして、もう一度会話をしている人物達の様子を伺う。


 片方の人物は、黒い短髪に翡翠色の瞳を持った細見の少年――つまりは僕だ。だが、おかしい。僕の瞳の色は青白かった筈だ。


 能力者の場合、瞳の色が常人のそれとは異なる。これは魂の色を表しているからだと言われている。


 だから、瞳の色が変わるということは本来ありえないことだが、例外的に自身の在り方を根本的に変えてしまうような出来事が起こると瞳の色が変わることもあるらしい。


 僕の場合、先程見た記憶での出来事が瞳の色を変えてしまう程のものだったと言われれば納得がいく。

 あれは、僕の在り方を根本的に変えるようなものだった。


 だが、収容所で確認した際にも僕の瞳は青白いままだった。


 これは一体いつの記憶なのだろうか。

 未来の光景というのが最もらしい答えではあるが、どうにも腑に落ちない。


 そして、もう一方の人物の様相はどんなに目を凝らしても輪郭がぼやけてしまって分からない。そこにいるということは認識でき、どんな表情をしているかも分かる。だが、いざ姿形を確認しようとすると、途端に存在そのものが曖昧になってしまう。


 だが、僕が思案しているうちにも二人の会話は進む。


「――――まだ、不安?」


 そう翡翠の瞳の少年が問い掛けると、朧げな人影は図星を疲れたかのように大きく動揺する。


「……っ」


「それを確認するためだけに僕にこの能力を与えたのに、意外と――――は小心者なんだね」


「それを言われると痛いな……」


 人影は自嘲気味に笑う。

 そして、少年は一度うん、と頷いてから再び言葉を紡ぐ。


「じゃあさ、僕が証明するよ。君が……いや、僕達が辿った道筋は間違っていなかったって」


「出来るのか? 僕は一年後に世界の時間を巻き戻し、過去を改変する。だから、謳歌。君達が生まれてくることはなくなり、この未来は永遠に訪れず、消滅することになる」


 一年後には世界そのものがなくなる、そう言われたにも関わらず少年――謳歌は意にも介さず、先程までと変わらない様子で応える。


「ああ、聞いたよ。でも、わざわざ期限を一年後にまで伸ばしてくれたのは、それが僕が緋彩を助けることの出来る最終ラインってことだろう?」


「隠しても無駄か……まぁ、そういうことになるよ。と言うよりも、それが彼女の寿命だな」


 寿命という言葉に一瞬謳歌がピクッと反応する。


「寿命ってことは、やっぱり緋彩は死ぬのか……」


「その通り、――――を見た君なら分かると思うが、君が何もしなくても彼女は死ぬ。でも、君は彼女を助けだすんだろう? それがどういった結末を齎すのかも――――が示した通りだ」


「構わない。僕は緋彩を迎えに行く。だから、そのために世界を――――」


 そう謳歌が言い終わる前に、僕の視界は再び暗転する。


 だがやはり、ここで見た光景が未来のものであるとは思えなかった。

 それよりも、ずっとずっと前に――――




 –––––




 次に僕が気づいたときには、僕は闇の上にいた。


 視界全てが黒に覆われており、何処までも闇に、影によって支配されているため自分がどこにいるかのかさえ分からない。


 そして、その空間は冷たく、悲哀、絶望、愁嘆、憂愁などの負の感情だけが満ちていた。希望などないのだと、そう訴えてくる様な空間のなかに――彼女はいた。


 色素というものが完全に抜け落ちてしまったかの様に白く、ただひたすらに白い足元まである長い髪。


 以前は深い紅色だった瞳の色も深淵の闇の如き深い黒に染り、失望感に満ちている。それは、まるでこの空間の闇そのものを濃縮したかのようだ。いや、実際にそうなのかもしれない。


 加えて、肌やまつ毛といったもの全てが髪同様に色という概念を置き去りにしたかのように白い。


 そして彼女は、この場には似つかわしくない聖女が着るかの如き純白の衣装に身を包んでいた。だが、それが恐ろしい程に彼女の様相を引き立てており、闇に覆われた空間のなかでも神秘性を感じさせる程に美しく見えた。


 どう見ても以前の姿とはまるっきり異なっており、纏う雰囲気も一変していたが、僕が彼女を見間違えることはなかった。


「……緋彩?」


「うん。久しぶりだね、謳歌」


 彼女の存在に気づいた僕が驚きのあまり声を掛けると、彼女は先程の記憶と全く同じ様に困った顔で笑った。


「取り敢えず、記憶は戻ったみたいだね」


「あ、あぁ、うん。やっぱりさっきのあれは僕が忘れていた昔の記憶ってこと?」


 その言葉にうん、と頷いてから緋彩が答える。


「完全じゃないけど、ある程度は思い出せた筈だよ。でも……これは私の我がままなんだ。本当は、こんなことは忘れていた方があなたは幸せだった。でも、それでも私は――謳歌に覚えていてほしかった」


 話が進むごとに悲しげな顔になる緋彩の告白は続く。


「忘れていてほしくなかった。私が死んでしまうを悲しんでほしかった……っ」


 死ぬ……? 死ぬだって?


「そ、それじゃあ、あの二人が言っていたことは本当に……」


「あの二人……? ごめん。誰のこと?」


「あ……いや、ごめん。何でもない」


 緋彩が知らない? だとしたら、あの光景を見せたのは一体……

 いや、今は置いておこう。それよりも緋彩のことが心配だ。


「緋彩……その、死ぬっていうのは?」


 思い切ってそう尋ねてみると、緋彩は少し動揺するも、すんなりと答えてくれた。


「え。あ、あぁ、ごめん。謳歌にはまだ説明してなかったね。私はあの日――謳歌が倒れた後、軍の人に拘束されて中央区にある中央塔の地下施設に連れて行かれたんだ」


「ごめん。守りきれなくて……」


「あっ。ごめんね……責めてるわけじゃないの。あのときは相手があの旧瀬さんだったからしょうがないよ」


 義母や日々百から緋彩を託され、あまつさえ守りきることができなかった彼女自身にこんなことを言わせてしまった自分が憎い。


 あの日ああしていば……などと言った思考が脳を巡るが、所詮はあとの祭りだ。


「それでね、その地下施設には大袈裟かもしれないけど世界を滅ぼすって言われる程の力が封印されてたんだ。大昔の能力者が暴走したときに発せられた力らしいんだけど、その能力を引き受ける器となっていた先代の人がとうとう限界を迎えてしまって……それで、次代の器として適正があった私が抜擢された――ごめんね。私、謳歌や兄さん、たくさんの人を巻き込んじゃった……っ」


「いや、緋彩は悪くなんてないよ……」


 僕は咄嗟に慰めの言葉を掛けるも、その言葉はあまりに弱く、緋彩の心に巣食う闇に届くことはなかった。


 だが、それでも――


「ありがと、謳歌。でも、感覚でなんとなく分かるんだ。私はあと五日もすれば死んでしまうんだって。ごめんね、もう限界みたい。この力――『失望の世界』は身体に抑え込んでいるだけで、その本人の命を蝕んじゃうんだ……だから、最後にせめてと思って力を振り絞って謳歌の記憶を呼び覚ましたんだ。やっぱり、誰にも覚えてすらもらえずに死ぬのは怖かった、辛かったよ。会いたいよ……っ。ごめん、ごめんね。謳歌」


 そして、とうとう緋彩が堪えていた涙も、防波堤が決壊したことで目尻から溢れ落ちてしまう。


 そんな彼女を見て、僕は何をしている――?

 何をしなくちゃいけない?


 だから、僕はそんな彼女の下へ行き、彼女を優しく抱き締めた。


「え。お、謳歌……?わ、私……っ」


 そして、彼女は堪えきれず僕の胸のなかで泣き出してしまう。

 そんな彼女を見て、僕は、僕は――――


「――僕は君を迎えに行くよ。緋彩」


「ぇ……だ、駄目だよ、謳歌。今私を連れ出したら封印が解けて世界がめちゃくちゃになっちゃうんだよ!?だ、だから……!!」


「いや、それでも僕は君を迎えに行く。君がいない世界になんて僕は興味ない」


「……っ」


 あぁそうだ。僕はとっくに決意していたんだ。

 あの日、四季が入り混じるあの木の下で、あいつに向かって。


 だからもう一度、宣言しよう。今度は君に向かって。


「どうせ一ヶ月後には終わる世界だ。なら、少し早いけど君と共に滅んでもらおう」


 そして――――


「それにあの日、約束したんだ。たとえ何処に居ようとも……必ず、迎えに行くって」



 その言葉を聞いて、彼女は涙を流しながら笑って――うん。待ってる、と応えたのだった。




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