真実Ⅱ
その大仰な本を開くと、各国の言語で人類の通史が非常にざっくりと書かれているようであった。シグルズの大したことない歴史の知識より大雑把だが、それでもおおよその流れを把握することが出来る。
「細かいことを知りたければ、ここに死ぬほどある本を読めってことか」
シグルズは後ろの本棚の目的を理解した。と同時に、シグルズには何としても知りたいことがあった。
「22世紀……第三次世界大戦……あった」
シグルズが戦死した第三次世界大戦の結末である。ついに見ることの出来なかったそれを、こんなところで確認出来るかもしれない。が、結果は予想の斜め上を行くものであった。
「最終的に……生物兵器の全世界的拡散により共倒れ? そんな馬鹿な」
「何か面白い記述でも見つけたか?」
「いえ、ただ、拍子抜けだっただけです」
どうやら戦争に明確な勝敗はつかなかったらしい。となると、本当はここだけを確認するつもりだったが、その先の歴史も気になってしまう。シグルズは頁を進めた。
「次の戦争……第四次世界大戦は、200年後? まあ人類がめちゃくちゃになったなら仕方ないか。そこで……アメリカ人国家は消滅、か。よかった……」
シグルズの待望、人類の勝利は少々時間がかかったが達成されたようだ。そこまで読んで、シグルズは本を閉じた。
「その先は読まなくてよいのか?」
「この先にあるのが文明の崩壊である以上、読みたくはないですね」
「なるほど。己の世界の破滅など見たくはないか」
文明の痕跡がこんな場所にしか残っていない以上、この先の歴史は概ね碌でもないものだろう。
「それで、陛下はどうして僕にこんなとこらを紹介したのですか?」
「王位を継いで後、余はこの場所を知った。そして時間はかかったがその本を読み、そしてこの地に遥か昔、アメリカ合衆国という悪魔の国が存在したことを知った。そして余は大いに恥じた。アメリカという、この世に存在したことが間違いであった国と我がヴェステンラントは、まるで同じ道を歩んでいる。歴史は繰り返すと言ったものだが、悪は悪だ。故に余は、この国が致命的に道を踏み外す前に滅ぼさねばと決意したのだ」
「自分の国を滅ぼそうと?」
「ああ。ルーズベルトの誘いに乗って戦争を起こしたは、お前達ゲルマニアに、我が国を滅ぼして貰うためであった。お前達は驚異的な進化を見せたが、我らを滅ぼすには至らず。しかし、時が経てばお前達が優位になるのは必定。今は一度、平和を受け入れた」
この女王の目的は、自らの国を滅ぼすことだった。その為に何百万という人々を犠牲にしたのである。シグルズは、周辺の罪なき国を巻き込んだニナの行動に、怒りを覚えた。
「……お言葉ですが、陛下の行動はアメリカと同類です。自身の都合に他の国々、罪なき人々を巻き込むのは、アメリカ大統領そのものです」
「そう言われると、何とも言い返せぬな。余の行いが悪であったことは、無論分かっておる。だが、更なる悪を防ぐ為にも、必要な悪だった」
「支持率を稼ぐ為に戦争を起こす連中よりはマシですが、だったら国内で勝手に殺し合っていればよかっただけの話です」
「ふっ、確かにな」
「それで、陛下はどうして僕をここに連れてきたんですか? その答えを聞いていません」
今の話をして、結局シグルズに何をさせたいのかと。不機嫌そうに尋ねる。
「先に言ったように、ゲルマニアの軍事力は日に日に増すばかり。我らを滅ぼせる力を手にするは遠くない。その時、お前にはヴェステンラントを滅ぼして欲しいのだ」
「なるほど。筋は通っていますね」
ゲルマニアの技術と国力は日進月歩。10年もすれば戦艦、空母、戦車、爆撃機を量産し、その軍事力は比類ないものになるだろう。シグルズもこのまま順調に出世すれば、恐らく相当な地位を得られる。現実的な提案だ。
「ですが、受け入れられません。さっきも言いましたが、自分の都合に他を勝手に巻き込むのはアメリカです。陛下が勝手に何とかしてください」
「お前……アメリカをその目で見ながら、その結論に至るのか? それとも、この本が間違っているのか?」
「アメリカは確かに悪魔の国です。もう二度と、この世界のどこにも存在してはいけない。しかし、今僕達が生きている世界と僕が元いた世界は別物です。それを免罪符に多くの民を犠牲にすることは許されません」
「そうかそうか。ならば、仕方がない……」
ニナは本心から残念がっているようだった。
「ですが、アメリカはその何百年という歴史の中で、一度として自身を省みも、自浄作用が働くこともなかったのに比べ、ヴェステンラントには陛下という希望があります。ヴェステンラントを滅ぼさずとも、真っ当な国にすることは出来る筈です」
アメリカにマトモな人間が一人もいなかった訳ではないだろうが、それが歴史の表舞台に出てくることはなかった。しかし、今のヴァステンラントは、マトモな人間が女王という最高指導者をやっている。希望は残されている筈なのだ。