真実
時は暫し遡る。枢軸国総会の最中、そこに現れると多くの者に思われていたが、ついに姿を見せなかった者がいる。そう、シグルズである。彼が枢軸国総会の最中にどこにいたかと言えば、ヴェステンラント本土に招待されていた。
「これはこれは女王陛下。お久しぶりです」
「余はお前と再び相見えることが出来て嬉しいぞ、シグルズ」
シグルズは招待したのは黒衣の少女、ヴェステンラント女王ニナであった。シグルズとニナは直接には一度だけ、ダキアの上空で殺し合ったことがある。殺し合いなどよくある事なので、お互い恨みなどはまるで持っていない。
「どうしで僕をわざわざ呼びつけなんてしたのですか? 政治的な理由ではなさそうですが」
「ああ。余はお前に興味があるのだ。端的に言ってやろう。お前の力、知識、どれもこれもが、余の世界とはまるで異質だ。お前は一体何者なのだ?」
――そう来たか……
シグルズは前世の地球の知識を躊躇うことなくひけらかして来た。それが秀才や天才の域を超えた異常な知識であることは、見るものが見れば分かる。
「正直に申し上げたところで、信じて下さるとは思えません」
「それでもよい。余に教えよ。案ずることはないぞ。余はお前が何であれ、それを言いふらすつもりはない。そんなつまらんことはせん」
「そうですか……」
ニナのこの言葉は逆に信用出来そうだった。この人は面白いか面白くないかで全てを判断していそうである。だからこそシグルズも、戯れに全てを明かしてみることにした。
「僕の正体というのは、至って簡単なものです。僕はこの世界より遥かに文明の進んだ別の世界の記憶を持って産まれました。それが本当に輪廻転生なのか、はたまた前世の記憶が作り物なのかは分かりませんが」
「生まれ変わり、か。なるほど、やはりな」
「やはり?」
「ああ。この世界にはこれまで何度も、そのように主張する者が現れたことがある。大抵は狂人扱いで終わったが、その知識は本物であった」
「それは確かに、おかしな話ではありませんね」
特に神と縁のないシグルズが転生させられた。それが歴史上唯一の転生事件だったと思う方が寧ろ不自然である。
「それで、僕が転生者であると確かめて、陛下は何をするおつもりですか? 僕の知識はヴェステンラントには役に立たないと思いますが」
「余は、恐らくお前達が生まれ変わる前にいた世界を知っている」
「それは……誰かから聞いた話ということですか?」
以前に転生したものから聞いたということだろうか。しかしそれにしては、言葉遣いに違和感がある。
「半分はそうだが、半分はそうではない。余は転生してきた者の話を聞き、それが別の世界に属するものであると知った」
「……どういうことですか?」
「余に着いてくるといい。さすれば、お前ならば分かるであろう」
「はぁ……」
女王ニナに導かれるままに王都を離れる。誰もいない深い森の中に、それはあった。木々の間、ぬかるんだ地面にぽつりと光を反射するものがあった。
「これを見て、何かわかるか?」
「地下への入口、ですかね?」
「ふっ、流石だな」
鋼鉄の扉を開けると、真っ暗な地下に階段が伸びていた。とてもヴェステンラントが造ったものとは、いやこの世界で造られたものとは思えない。シグルズは半ばこの先にあるものを予測しつつ、ニナに着いて行った。ニナが魔法で階段を照らし、何とか無事に降ることが出来た。
「しかし、何も見えないんですが」
「案ずるな。これを押すと灯りがつく」
「おお」
明らかに電気的な照明が作動し、無機質な光が地下室を明るく照らし出した。そこは図書館の一室のように大量の本が並ぶ空間であり、その壁の一角にはシグルズが良く見覚えのあるものが掲げられていた。
「これは……日本の国旗……」
「知っているのか」
「え、ええ」
思わず口に出してしまった。そこに掲げられていたのは日の丸、紛れもなく大日本帝国の国旗であった。無論それだけではなく、中華民国やドイツ帝国やフランス帝国など、見慣れた国々の国旗が掲揚されていた。
「これは、何なのでしょうか。僕の世界から持ち込まれたものなのか、或いはここが僕の世界そのものなのか……」
「後者であろうな。転生者がものを持ち込んだ記録はない」
「……それもそうですね」
こんな大量の書籍、転生と同時に持ち込んだとして、どうしようもないだろう。
「つまり、僕は別に異世界に飛ばされたんじゃなく、単に遥か未来に飛ばされた、ということか……。それなら、色々と納得がいく」
この世界は余りにも地球に似過ぎている。地形はほぼ地球そのものであったし、文化や言語も面影を感じさせる。ここは地球だったのだ。
「何か、そういう映画とか、よくあるよな……」
「何だそれは?」
「ああ、いや、何でもないです」
「まあよい。それよりも、もっと面白いものがある」
ニナがシグルズに示したのは、部屋の隅の机の上に置かれていた、10冊ほどの博物図鑑のような巨大な本。その表紙には「Geschichte」「histoire」「история」そして「歴史」などと、仰々しい文体で各国の言語の題名が並んでいた。