枢軸国憲章Ⅲ
「お言葉ですが、陛下の人徳は世間の知るところにして、帝国が崩壊することなどそうそうありますまいが、陛下の後継たる者に徳がなければ、帝国は崩壊してしまうでしょう。それについてはどうお考えですかな?」
シモンはなかなか穿った質問をした。十分に不敬と呼べる言葉であったが、アリスカンダルは気にしなかった。
「我が世継ぎに徳がなければ、帝国はそれまでのこと。私が征服する前の世界に戻るだけだ」
「そんなことになれば、帝国臣民のほとんどが苦しむことになりましょう。それでもよいのですか?」
「独立を選んだ者は、自らそれを選ぶのだから知ったことではない。そうでない者も、独立を食い止められるほどの力がなかったのであれば仕方なし」
「陛下のお考えには納得しかねますが……これ以上の論議には意味がないようです」
「そうだな。私の見解は伝えた。続きは君達で議論したまえ」
ガラティアとヴェステンラントとは根本的に哲学が違うと言わざるを得なかった。故にこれ以上の議論は時間の無駄であると、双方判断した。
「シモン、どうしますか? ガラティアが民族自決を支持するのは想定外でしたが、私達には拒否権があります」
クロエは言う。枢軸国にヴェステンラントが加盟する条件として、ヴェステンラントは拒否権を保証されている。
「確かに拒否権を行使すれば、この条項は消せるだろう。だが……それは我々の負けだと言わざるを得ない。あまり使いたくはないな」
「負け、ですか?」
「ああ。拒否権を行使するというのは、議論から逃げたということに他ならない。我が国が野蛮だと言っているようなものだ」
「なるほど。しかし、大勢は圧倒的です。一国一票である以上、このまま行けば確実に第三条は認められてしまいます」
「ならば、せめて修正を要求しよう。拒否権で脅しているようなことには変わりないがな」
「修正、ですか。民族自決そのものについては支持すると?」
「ああ。最早それは避けられまい。とは言え、好き勝手に独立などされないよう、枢軸国総会における承認を得ない限りは独立は認めらないように、条項を改定してもらう」
総会で承認を受けない独立運動は違法でありただの反乱であるということにしてしまえば、ヴェステンラントとしてはやりやすくなるだろう。
「それは……事実上独立を拒否しているのと同じでは?」
しかし同時に、ヴェステンラントが総会における拒否権を持っている以上、それは民族自決へを拒否出来るに等しい。
「そう指摘されることは確実だろう。だから、独立を望む民族が所属する国は拒否権を行使出来ないこととする」
「それなら受け入れてもらえそうですが、いいんですか? 多少は抑止出来るとは言え、我々が虐げてきた少数民族の独立は避けられないと思いますが」
「これは私の個人的な考えだが……我々はそろそろ、先祖が犯してきた罪を精算しなければならないと思う。合州国の手によって何千万人が住む場所を終われ、何百万人が死んだのか、誰もがそれから目を背けてきた」
「それには同意しますけど、私達はあくまでヴェステンラントの統治者です。私情だけで何かをする訳にはいきませんよ」
「分かっている。とは言え、我が国は土地だけはあり余っている。先住民を少々独立させたとて、そこまで大きな影響があるとは思えん」
「確かにガラティアほど酷いことにはならないと思いますが」
ヴェステンラントの手によって、いやそれ以前から、先住民族の数は激減している。これに多少の土地を与えたとて大した問題はないのかもしれない。少なくとも一民族が独立するだけで国が真っ二つになるガラティアよりは遥かにマシである。
「だから、私は最低限の条件さえ付ければ、民族自決権を認めてもよいと考えている。クロエ、君はどうなんだ?」
「シモンに同意します」
「分かった。ありがとう。そのように提案しよう」
シモンは改めて、枢軸国総会に第三条の修正を提案した。ヴェステンラントが極めて不利なこの提案に反対する国は特になかった。これで確定と言っていいだろう。
さて、こちらの論議が一段階したところで、今度は軍縮条項についてだ。
「――ゲルマニアとしては、ガラティア帝国の意見に賛同する。武装権は全ての国に認められるべき普遍の権利であり、これを枢軸国憲章によって脅かすことは、枢軸国の理念に反する」
ヒンケル総統はアリスカンダルに同調する姿勢を見せた。正直言ってこの条項についてはあってもなくても変わらないというのがリッベントロップ外務大臣の見解であり、であれば、会議が円滑に進む方がよいとの判断である。
「ゲルマニアと意見が合うとは珍しいな。ヴェステンラントも、この条項については取り除くよう要求する」
シモンもこちら側に同調した。まあ軍事国家であるヴェステンラントは武装権を脅かされるのが嫌なのだろうが。
「――どうやら、大勢は決したようです。各国の軍縮を定めたる第五条は、これを枢軸国憲章から外します」
片倉源十郎は、この条項を外すと早々に宣言した。列国が揃って反対すれば、これが通る訳がない。