ヴェステンラントとの交渉Ⅱ
「そのような感情論を言われますと、交渉になりませんな」
「ああ。私もそう思うよ」
七公が領土割譲に反対しているのは、父母の土地を明け渡したくないという感情論が理由である。国防上の問題がどうこうといった合理的な理由ではない。これでは交渉にならないのである。
「無理を承知でお尋ねしますが、クバナカン島を割譲する条件は何かおありでしょうか?」
「ないな。対価がいくらあろうとも、我々は領土を割譲したくないのだ」
「困りましたね」
「まったくだ。一つ確認するが、先の二つの条件に加え、クバナカン島の割譲さえ叶えば、ゲルマニアは和平に応じるのだな?」
「はい。それ以上の条件はありません」
「ならば……私が七公を説得してこよう。暫し時間をくれないか」
「願ってもない。是非ともお願いします」
シモンは講和を早く成立させたいし、七公の意見さえ揃えば講和は目の前にある。彼は七公達を説得してゲルマニアの条件を呑ませることにした。
○
まずは、と言うか彼を説得すれば勝ちだが、赤公オーギュスタンからである。遥か遠くガラティア帝国にいるオーギュスタンに、シモンは通信を掛けた。
『――なるほど。私に領土割譲を認めさせたいと言うのか』
「そうだ、オーギュスタン。どうしてクバナカン島などという狭小な領土にこだわる必要がある? 奪われたところで実害はあるまい」
『ゲルマニアは我々の監視を目的にすると明言している。これは実害ではないのか?』
「平時に攻撃してくる訳があるまい。それに万が一にも戦時になれば、我々の戦力が圧倒するに決まっている」
ゲルマニアの目的はヴェステンラントへの牽制であるが、合州国はその程度に怯える軟弱な国ではないし、いざ開戦すればヴェステンラント側が圧倒的に有利であるのは明らかだ。クバナカン島を明け渡すことで合州国が被る不利益は、極めて限定的である。
「――お前も、島を取られたところで何の問題もないことは分かっているんだろう?」
『ふははっ、その通りだとも。私が反対しているのは政治的な理由が故ではない。ただ本土を侵されるのが不愉快なだけだ』
「そんな感情論で、この無意味な戦争を続けようと言うのか?」
『無意味ではない。クバナカン島を我が軍が実力で取り戻せば、ゲルマニアは領土の割譲など要求出来まい』
「それが絵空事だと言っているんだ」
本国近海、クバナカン島周辺の制海権すら確保出来ていない。クバナカン島の奪還などほぼ不可能と言っていいだろう。
『イズーナ級魔導戦闘艦を量産すれば、ゲルマニア海軍を倒せよう』
「その間にゲルマニアも戦艦を量産してくるだろう。我々に勝ち目はない」
『君は我が国を貶めたいのかね?』
「現実を見ているだけだ。お前こそ、空想に縋って現実を見るのを拒否するなど、随分と落ちぶれたものだな」
『……そうだな。私は空想家なんだ。私には強い合州国が必要なのだ』
「オーギュスタン、お前は……」
オーギュスタンも分かってはいるのだ。この戦争に最早勝ち目はなく、早々に和平に応じるのが最前の選択であると。だがそれでも、合州国の敗北は受け入れられないのだ。
『この私が、何をすべきか分からない訳がないだろう。だが私の感情がそれを拒絶しているのだ』
「お前は国の指導者なんだ。感情より理性を優先しろ」
『…………分かった分かった。今回はお前の言うことの方が正しい。クバナカン島の割譲に合意する』
「ありがとう。これで趨勢は決まったな」
一番頑固で頭の回るオーギュスタンを味方に引き入れられた以上、七公の意思は決まったようなものである。
○
「――ということだ。赤公オーギュスタンは島の割譲に合意し、七公の意見は固まった」
「なれば、和平は叶ったも同然ですな」
「ああ。ようやく平和が訪れる」
「まだ平和が成ったとは言えないのではありませんかな? 大八洲との戦争は継続しています」
「ああ。大八洲との和平についても、現在交渉を進めている。ガラティア帝国からの要請を受けてな」
「左様でしたか。世界平和も、ようやく訪れるのですな」
「大八洲との交渉が頓挫しなければ、だが」
戦後の構想である枢軸国への加盟は、ガラティアもヴェステンラントも合意している。後は大八洲との間で和平の条件が整えば、いよいよこの世界大戦に幕引きを図れるだろう。
○
「ヴェステンラントとも平和への合意を得られたか。これでゲルマニアの戦争状態は完全に終わったな」
シュトライヒャー提督からの報告を受けて、ヒンケル総統は安堵した。ゲルマニアは両国と休戦協定を結び、ようやく戦争が終わったのだ。が、まだ世界が平和になった訳ではない。悪い報告が入ってきた。
「我が総統、大八洲方面の交渉が難航しているとの報告が入っています。ヴェステンラント側が邁生群嶋の割譲を強硬に要求しているとのこと」
「何? それは確かに、受け入れられんだろうな」
地球で言うところのフィリピンに当たる島々を、合州国は要求した。大東亞共栄圏の確立を掲げる大八洲は、これを受け入れられる訳がなかった。