ヴェステンラントとの交渉
ACU2315 11/26 ヴェステンラント合州国 王都ルテティア・ノヴァ ノブペテン宮殿
ヴェステンラントとガラティアは余りにも遠過ぎる。リッベントロップ外務大臣がヴェステンラントに向かうことはなく、ゲルマニアが全権に選んだのは、枢軸国ヴェステンラント方面艦隊を統括するシュトライヒャー提督であった。ヴェステンラント方面にいる人間の中で最も地位が高いと思われるのが彼だったからである。もちろん外務省の意向に沿うつもりであるが。
シュトライヒャー提督一行は王都に上陸する。王都は先の戦闘の影響で荒廃していたが、その中心にそびえ立つノブペテン宮殿だけは、傷一つない荘厳な姿を保っていた。提督達はヴェステンラント兵の案内を受け、宮殿の一角にある応接間に入った。
「貴殿がシュトライヒャー提督殿かな?」
「はい。大洋艦隊を率いる、オイゲン・フォン・シュトライヒャーと申します。このような場を用意して頂き、ありがとうございます、陽公殿下」
彼らを待ち受けていたのは陽公シモンであった。ヴェステンラントの七公の中でも陽公と陰公(女王)は特別の権威を持ち、女王がこういう交渉に出てくる訳がないので、必然的にシモンがヴェステンラントの全権として交渉を行っている訳である。
「――さて、講和交渉とのことだが、まずはそちらの考えを聞かせてもらおうか」
「はい。まず、我々の間の最大の懸案事項となっている枢軸国への加盟についてです」
「ふむ。それは受け入れられないという結論が出ているが」
シモン個人としては枢軸国への加盟に賛成なのだが、七公の総意は逆だ。
「存じ上げております。しかるに、貴国が枢軸国に加盟した暁には、貴国に拒否権を付与しようかと計画しております」
「拒否権?」
ガラティア帝国に提案したのと同じ内容である。枢軸国に加盟する主要国は絶対的な拒否権を持ち、枢軸国は事実上これらの国に対して無力になる。
「――なるほど。そんなことをしたら、合州国は何の躊躇いもなく侵略を続けるぞ?」
「ええ、そうでしょうな。しかしそれでも、常に話し合いの席が用意されているだけでも、次の大戦争の可能性は低減出来ると、我が総統は考えております」
「なるほど。確かに、ないよりはマシだな。戦争に訴えずとも、威嚇だけで済む」
「人が死なないだけ、その方がよいでしょう。この条件であれば、枢軸国への加盟を認めて頂けますか?」
「…………よかろう。それであれば、七公達の懸念は払拭される」
元より七公が枢軸国加盟に反対していたのは、ヴェステンラント合州国の侵略の自由が侵害されることを嫌ったからである。合州国の自由が脅かされないのであれば、枢軸国に入っても構わないのだ。
「はっ。ありがたき幸せ」
「うむ。で、他に要求はあるのかな?」
「我々からの要求はあと二つです。一つは、我が国に賠償金を支払う事。もう一つは、我が軍が既に占領している領域を割譲することです」
「なるほど。賠償金については、こう言うのも何だが、支払うのは一向に構わん。我が国にとって金銀財宝は大した価値を持たないのだから。欲しければいくらでも要求するがよい」
近代的な産業が発達すれば金や銀は必要になるが、中世そのもののヴェステンラントにおいて、貴金属は光をよく反射するだけで何の役にも立たない石である。彼らにとってはエスペラニウムの方が遥かに高い価値を持っているのだ。故に彼らは、ゲルマニアが欲する金銀財宝を支払うことに対してほとんど躊躇いがない。
「はっ。そのお言葉、忘れませんよ」
「常識的な要求に留めてくれ」
「こんなことで講和を破綻させたりはしませんよ」
ゲルマニアにとっても、賠償金の支払いは国民を満足させる為の政治的な演出に過ぎない。そもそも経済力ではゲルマニアがヴェステンラントを圧倒しており、わざわざ賠償金を取る経済的な理由はないのである。
「では、具体的な額は後回しにして、賠償金の支払いは認めて下さるということでよろしいですな?」
「うむ。そこは大した問題ではない。幾らでも払ってやろう。問題は次の方だな。どうして貴殿らは、クバナカン島を欲しがる?」
「クバナカン島そのものが欲しいのではなく、ヴェステンラント大陸に属する領土が欲しいのです。端的に言ってしまえば、ヴェステンラントを掣肘する為です」
「我々を信用していないという訳か」
「そのようなことは――」
「いや、言葉は不要だ。我々が相互に信頼出来る訳がない。我々が不義を働かぬ為に監視しておきたいというのは、おかしな考えではない」
シモンはゲルマニアの考えをよく理解している。ゲルマニアの本音を聞いたところで怒ることも不機嫌になることすらもなかった。
「我が国の立場をご理解頂き、恐縮です」
「私個人としてはクバナカン島ごとき譲り渡しても構わないのだが、七公には反対する者が多くてね。今のところ、我が国の立場としてはそれは受け入れられない」
赤公オーギュスタンなどは、案外非合理的な考えをする。母なる大地を敵国に譲り渡すなど言語道断であると。