終息
エリーゼの居室の扉が乱暴に開かれた。部屋の主の許可を得ずに土足で踏み入るのは、数人のゲルマニア兵であった。
「おやおや、女性の部屋に徒党を組んで押し入るなんて、最近の兵士には良識の一つもないんですか?」
エリーゼは静かに座りながら、冷ややかな目で兵士達を見つめる。その鋭く突き刺してくるような視線に、兵士達は一瞬気圧される。が、すぐに任務を思い出した。
「エリーゼ・フォン・ハーケンブルクだな?」
「ええ、そうですけど、何か? 随分と穏やかではない様子ですが」
「あなたの弟が我々を裏切った。あなたに恨みはないが、見せしめとして、ここで死んでもらう。最期に言い残すことは?」
「特にないわ。殺したければどうぞ」
――ちょっとしくじっちゃったか……
エリーゼは少しばかりの後悔を懐きながら、静かに目を瞑った。兵士達はせめて楽に死なせてやろうと拳銃を彼女の頭に向け、そして引き金を引いた。が、その銃弾は彼女には届かなかった。
「何だっ!?」
「あら……?」
自分が無傷なことに驚くエリーゼ。自分に向けて放たれた筈の銃弾は、何故か床に落ちている。その弾頭は何かに当たったことを示すように凹んでいた。
「ひっ!」
「な、何だお前は!?」
「あらあら」
瞬きをする間に突如として現れた人の姿。この城の中ではよく似合うメイド服を着た少女が、エリーゼと兵士達の間に立っていた。
「私はヴェステンラント合州国が白公クロエ様が家臣、マキナ・ツー・ブラン。ここで死ぬか降伏するか選ぶがいい」
マキナはそう言うと、両手に長剣を作り出した。人間の体など紙のように切り裂く、煌めく剣である。
「ふ、ふざけるなっ!」
「ヴェステンラントの魔女だぞ! 勝てる訳がない!」
「逃げたい者は逃げるといい。殺しはしない」
「こ、殺せ!!」
命令に従う者はマキナを撃ち、彼女の恐ろしさを知っている者は部屋から逃げ去った。案の定と言うべきか、拳銃の銃弾など彼女には通じない。
「逃げた者は賢明だ。そしてここにいる者は愚か者だ」
「う、撃て!!」
銃弾などものともせず兵士の間に突進し、両手に持った剣で瞬時に二人を斬殺する。右手の剣を振り上げてもう一人を殺せば、もう銃声は聞こえなくなった。
「……助けてくれてありがとう。けれど、一体何を企んでいるのかしら? 私を誘拐して人質にでもするつもり?」
エリーゼは強い敵愾心を持って言った。
「まさか。そのような汚い真似に、この魔法は使いません」
「じゃあ、どうして私を助けてくれたの?」
「武器も持たない女性の部屋に銃を持って押し入る連中など、殺して当然では?」
マキナの声には僅かに怒りの感情が乗っていた。とは言え、それだけが理由な訳もない。
「本当は?」
「今申し上げたことが全てです」
「そう。話す気はなさそうね。では質問を変えるわ。どうしてこんなところに、ヴェステンラントの魔女がいるのかしら? まったくおかしな話よね?」
「それについては、ゲルマニア国内の不穏な動きを察知したクロエ様が、ゲルマニアの情報を可能な限り得るように命令されたからです。私はその命令を実行している途中、たまたまここにいたに過ぎません」
「情報収集にここに来るなんて、今回の事態について相当詳しく把握しているようね」
ハーケンブルク城に目をつけたということは、今回の反乱において鍵となる帝都襲撃がシグルズに任せられていることを知っていたということ。マキナの情報収集能力は相当に高いらしい。
「はい、それが仕事ですので」
「じゃあ、お願いがあるのだけど、一つ教えてくれないかしら。シグルズは今どうしているか、分かる? あの子は無事なの?」
「クロエ様の敵の情報を教えるのは不愉快ですが……はい、シグルズは無事です。帝都で親衛隊と戦うフリをしていたようですが、それも止めたようです」
親衛隊とは既に話がついていた。シグルズは自分が裏切ることがギリギリまでザイス=インクヴァルトにバレないように、帝都で激しい戦闘のフリをしていたのである。装甲車に無数の銃弾を叩きつけるという甚だしい物資の無駄であるが、素人目には激しい銃撃戦に見えるだろう。
「よかった。ついでに、もう少し面白い情報はないかしら? 例えばザイス=インクヴァルト大将の現状についてとか」
「……どうしてそこまで教えなければならないのですか」
エリーゼの図々しさ、図太さに少しばかり辟易するマキナ。
「シグルズのこともその義理はないのに教えてくれたし、別にいいじゃない」
「理由になっていませんが……まあすぐに分かることです。ザイス=インクヴァルト大将は既に親衛隊に捕縛されました。すぐに帝都に連行されるでしょう」
「そう。作戦は全て上手くいったのね。ありがとう、マキナ。もう帰っていいわよ」
「あなたに許可をもらう必要性はありませんが、もう用は済んだので失礼させていただきます」
「いつかまた会いましょうね」
「……はい、そうですね」
マキナは怪訝な顔をしながらも、律儀にお辞儀をしながら部屋を出ていった。なお、エリーゼは今の会話から、マキナが魔導通信機を傍受する能力を持っていることを確信した。