寝返り
「敵の数は!? どこから来たんだ!?」
ザイス=インクヴァルト大将は余裕のない声で問い質す。
「て、敵の数はおよそ3千! どこから来たかは分かりません!」
「3千だと……? 我々の行動を見てから動かせる兵力ではない。我々が行動する前から動いていたと見るべきだ。情報が漏れていた、ということか」
「そ、そんな……」
彼の心は全く尋常ならざる状態だが、脳はこんな時でも論理的な思考を展開することが出来るようだ。簡単に出た結論は、この蜂起が既に親衛隊に把握されていたということである。ザイス=インクヴァルト大将の頭脳は、最も認めたくない結論を見出してしまったのだ。
「……ハーケンブルク中将に、シグルズに連絡は繋がらないのだな?」
「は、はい」
「そうか、そういうことか。裏切ったのは君だな、シグルズ。ははっ、まさか、そう来るとは」
第88機甲旅団が親衛隊程度に敗北することなどあり得ない。仮に負けたとしても、シグルズは脱出して大将に連絡を取って来る筈だ。大将は今、シグルズが裏切ったこと、親衛隊と結託して逆に軍部を殲滅しようとしていることを確信した。
「ど、どうされるのですか……? 帝都が落とせない以上、最早、この作戦は……」
政権の転覆こそがザイス=インクヴァルト大将の唯一の目的。それを果たすことは、今や不可能である。
「かくなる上は、再びこの国に内戦を起こし、正面から政権を打倒する他にない。今や、怪しまれることを恐れて部隊をこそこそ動かす必要はないのだ」
「ほ、本気ですか? 内戦など起これば、ゲルマニアは崩壊してしまいます!」
「我が国に正道をもたらす為には、致し方なし。前線部隊を除いた全ての部隊に召集をかけろ!」
「……はっ」
(比較的)穏便にクーデターを成功させる手段は失われた。ザイス=インクヴァルト大将はゲルマニアを内戦状態に陥らせてでもヒンケル総統を打倒することを決意した。それが単なる保身の為なのか、強い信念を持ったものなのかは誰にも分からないが。
「当然ながら、戦力は軍の方が圧倒的に有利。この場で負けさえしなければ、我々は必ず勝てる」
親衛隊など所詮は準軍事組織。訓練も経験も兵力も何もかもが軍に劣っている。ここでザイス=インクヴァルト大将が討たれさえしなければ、軍部の勝利は疑いようがない。
「し、しかし、敵は事前に用意してここを襲撃してきているようですが……」
「ブルークゼーレ基地は元より要塞だ。親衛隊ごときの攻撃など恐るるに足らず」
「はっ……」
ブルークゼーレ基地は星型要塞というもので、低く厚い壁が複数の重なった星のように配置されており、近寄る敵を十字砲火で葬る要塞だ。基地には常駐の2千ほどの兵士、軍団への補給に備蓄された大量の武器弾薬がある。
○
押し寄せた親衛隊。それを指揮するのはヒルデグント・カルテンブルンナー大佐であった。親衛隊全国指導者の娘である彼女がヒンケル総統に弓引く者に与する訳がなく、事前に用意しておいた部隊でブルークゼーレ基地を強襲したのである。
「敵は戦闘態勢が整っておらず、こんな要塞もこけおどしです! 総員、突撃!!」
「「おう!!」」
右肩に大怪我を負って未だに不自由なヒルデグント大佐であるが、自ら先陣を切って要塞に突撃した。
「敵襲!!」
「どうしてここに!?」
「ふふっ、陽動は効いているようですね」
ヒルデグント大佐は装甲車などの車両を東に放置し、歩兵部隊の大半を南側に移動させていた。攻撃目標を欺瞞することに成功し、南側の防備は手薄である。
「いつものザイス=インクヴァルト大将ならこの程度の仕掛けには引っかからないでしょうが……流石にこの混乱の中でいつも通りの指揮をするのは無理なようですね。総員、門を打ち破れ!!」
「「おう!!」」
兵力こそ全部で10万程度の親衛隊であるが、最新の装備が優先的に配備されており、部隊の全員が突撃銃を装備していた。
この要塞が建設された時代には存在しない突撃銃による銃撃は、防御側の射撃を封じ込めるには十分であった。兵士達は城壁の上に向けて銃を乱射しながら、大佐を先頭に一気に駆け寄る。
「城門を対戦車砲で破壊してください!」
「はっ!」
無反動砲の一種。歩兵が一人で運用出来る大きさでありながら、戦車や装甲車を破壊出来る貫通力を持つ大砲。ゲルマニア軍を相手にでもしない限りは役に立たない武器である。親衛隊が独自にライラ所長に開発を要請していたものだ。
対戦車砲による直線的な砲撃は木製の城壁に命中し、閂などことごとく破壊して大穴を開けた。兵士が軽く押せば門は開かれる。
「突撃! 目的はザイス=インクヴァルト大将の首ただ一つです! 進みなさい!!」
「「おう!!」」
城壁を突破した親衛隊。ブルークゼーレ基地の城壁は一枚だけであり、それを突破されれば大将を守るものはない。が、そう簡単にはいかないらしい。
「偵察隊より報告です! ザイス=インクヴァルト大将、要塞北方より逃走しようとしています!」
「逃げるつもりですか」
「このままではまんまと逃げられてしまいます!」
「安心してください。手は打ってあります」
ヒルデグント大佐もまた、全て折り込み済みである。