運命の日
ACU2315 12/1 帝都ブルグンテン 親衛隊本部
深夜、カルテンブルンナー全国指導者がそろそろ業務を切り上げようとしていた頃。執務室の扉がノックもなしに開かれた。
「誰だ!」
警備兵が素早く拳銃を向ける。扉の先には軍服を着て長い灰色の髪をした少女が真っ直ぐ立っていた。
「諸君、銃を降ろしたまえ」
「私を警戒しないんですか?」
「君はここまで誰にも気付かれずに侵入した。その気になれば私を殺すことなど容易だった筈だ。なら、君には私を殺す気はない。そうだろう?」
「はい、ご明察です。私はヴェロニカ・フォン・ハーケンブルクといいます」
「ほう、中将閣下の。何の用かな?」
「カルテンブルンナー親衛隊全国指導者。あなたにシグルズ様、第88機甲旅団長から伝言があります」
「教えてくれ」
シグルズはカルテンブルンナー全国指導者と密かに連絡を取った。シグルズの作戦の一環である。
「――なるほど、そういうことだったか。委細承知したと、中将閣下にお伝えしてくれ」
「はい、それでは」
ヴェロニカは誰にも気づかれず、帝都を後にした。
○
第88機甲旅団は前線に戻ることとなった。ハーケンブルク城からブルグンテンまでは装甲車で移動し、ブルグンテンで列車に乗って前線にひとっ飛び、する筈であった。帝都に入る直前、シグルズは旅団の進行を止めさせた。
「師団長殿、やるのだな?」
「ああ。第88機甲旅団、総員に告ぐ! 我々は、敵国と不当な和議を結び、我が軍の成果をことごとく捨て去ろうとしているヒンケル総統を討伐し、新たなゲルマニアを皇帝陛下に献上する! 敵はブルグンテンにあり! 手始めに、君側の奸を守る親衛隊を殲滅せよ!!」
今こそ反乱の時。第88機甲旅団は戦闘態勢を整え、帝都に突入した。
○
「は……? シグルズが謀反だと!?」
「は、はい! 第88機甲旅団はこの総統官邸に向け、進軍を開始しました!」
「ば、馬鹿な! あり得ん!」
ヒンケル総統はその報告をにわかには信じられない。しかし本当だとすれば、帝都外縁の城壁から総統官邸まで1時間とかからない。
「――カルテンブルンナー全国指導者、何がどうなっているのか報告したまえ!」
「報告の通りです。ハーケンブルク中将が反乱を起こしました。目的は我が総統を弑逆することのようです。しかしご安心ください。親衛隊が必ずや、我が総統をお守り致します」
「あ、ああ、分かった。だが、どうしてだ……」
「中将が単独で謀反を起こしたとは考えにくいでしょう。軍の上層部が関わっていると考えるのが妥当かと」
「そこまで、和平に不満があったのか。私は、間違っていたのだろうか」
「我が総統に間違いなどありえません。取り急ぎは、謀反の尖兵たるハーケンブルク中将を討ち果たしましょう」
「そう、だな。反乱を起こした以上、どの道死刑は免れない。やってくれ、君のやりたいように」
「お任せ下さい」
神聖ゲルマニア帝国の歴史が始まって以来二度目の、帝都市街戦が始まった。
○
「中将閣下。あなたの腕前、拝見させてもらうこととしましょう」
親衛隊は迅速に行動し、帝都の中央大通りに装甲車を並べ、街道を完全に塞いだ。兵士達は装甲車の上に機関銃を設置し、防御陣地を構築した。
「敵軍、来ます!」
「ああ。撃ち方始め。全力で撃ちまくれ」
100丁以上の機関銃が一斉に火を噴き、接近する機甲旅団に弾丸の暴風を浴びせる。しかし装甲車の前に銃弾は効果がなく、無駄弾でしかなかった。
「装甲車、止まりました!」
「敵軍、撃ってきます!」
「それでいい。こちらにも銃弾は通じない」
第88機甲旅団の装甲車は親衛隊の陣地の手前で停止し、同じように機関銃の一斉射撃を始めた。両軍共に、鉄の装甲に弾丸を叩きつけるばかりである。
「閣下、対戦車砲などの用意は整っておりますが……」
「よい。何もするな」
「わ、分かりました」
お互い安全な装甲車の中から機関銃を撃ち合うだけ。まるで最初から示し合わせたような戦いであった。
○
一方その頃。西方、ブルークゼーレ基地にて。
「閣下、ご報告申し上げます! ハーケンブルク中将閣下、帝都ブルグンテンにて親衛隊と交戦を開始しました!」
「始まったか。もう数時間もすれば、軍部が政権を握ることが出来る。我が国はようやく、正しい者に導かれることになるのだ」
ザイス=インクヴァルト大将は西部方面軍の本拠地であるブルークゼーレ基地で次々と報告を受け取っていた。作戦の要であるシグルズの他にも複数の部隊が親衛隊の根拠地に襲撃をかけており、帝都へ救援に向かうことを許さない構えだ。
しかし戦闘開始から2時間ほどしても、シグルズからは何の続報もなかった。
「シグルズの状況はどうなっている? 報告を要求しろ!」
「は、はい!」
「まさか親衛隊風情に負けるなどあるまいな……」
ザイス=インクヴァルト大将は焦りを隠せない。この時間で勝利しろとは言わないが、何らかの進展はある筈だ。しかし、その時であった。
「閣下、一大事です! この基地に親衛隊の大部隊が迫っております!」
「何だと!? どこから湧いてきた!?」
ブルークゼーレ基地は親衛隊の攻撃を受けたのだ。