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逡巡

 さて、ザイス=インクヴァルト大将からクーデターを起こせと命令されたシグルズ。大将には取り敢えず調子のいいことを言っておいたが、本当に実行に移すかは決めかねていた。


 そこでシグルズは、信用の置ける相談相手、エリーゼとオーレンドルフ幕僚長にだけ、この件を打ち明けることにした。ヴェロニカについては、信用は出来るが相談相手にはならなそうである。最初はエリーゼだ。


「――ということがあったんだ。その、どう思うかな?」

「なるほど。そういうことだったのね」


 エリーゼは特に驚かなかった。それどころか合点がいったという様子だった。


「そういうこと、って?」

「これは内密にして欲しいんだけど、この城下町にザイス=インクヴァルト大将の配下の兵士がいくらか紛れ込んでいるわ。一体何がしたいのかと思っていたけれど、それなら納得ね」

「そ、そうなのか……。それって、つまり姉さんたちを人質にしようとしているってことなのかな」

「ええ、恐らくは」

「確かに、何の保険もないなんて、僕を信用し過ぎか」


 シグルズはザイス=インクヴァルト大将にかなりの恩がある。実際裏切るつもりは今のところないが、大将とて完全にシグルズを信用しきることは出来なかったのだろう。事が事だけに、人質を取るのは寧ろ当然と言える。


 とは言え、姉を利用しようとしているザイス=インクヴァルト大将に、シグルズは不信感を禁じ得ない。


「姉さんは、どうするべきだと思う? いや、どうして欲しい?」

「そんなこと、私に聞くものではないわ。シグルズ、あなたが自分で決めるのよ」

「……そう言われると、姉さんに危害が加わらない道しか選べないな」

「それは困るわね。大丈夫、自分の身くらいは自分で守れるわ。ザイス=インクヴァルト大将を裏切っても、私の心配をする必要はないわ。あなたの選択を邪魔する者はいない」

「……本当?」

「ええ。あなたがいない間、城下町だけの面倒を見ていた訳じゃない。城の防備も同時に固めてあるわ」

「とても防備が整っているようには見えないけど」


 城壁もなければ物見櫓の一つもない。この城が戦闘に向いているとはとても思えない。


「ここに何千って大軍が攻め込んで来る訳ではないのでしょう? そんな表立ったことはしないわよ」

「それは確かに」


 すっかりヴェステンラント軍が攻め込んで来ることを前提に考えてしまっていたが、ここで戦争をする訳ではない。差し詰め、緊急時の避難経路や抜け道が整えられているのだろう。


「シグルズ、私を信じて。私は何があっても平気よ」

「分かった。信じるよ」

「そしたら、あなたは行きたい道に進むだけよ」

「行きたい道……」


 ザイス=インクヴァルト大将にこれまで通り従い、戦争を継続させるか。或いは彼を裏切り、ヒンケル総統の和平交渉を推し進めるか。どうやらこの国の運命はシグルズが握っているらしい。


 ○


 エリーゼと話した後は、オーレンドルフ幕僚長と話すことにした。


「――なるほど。面倒なことに巻き込まれてしまったな、師団長殿」

「驚きはしないんだな」

「我々がいきなり本土に呼び戻される時点で、不自然さしかなかった。驚きはしないさ」

「僕が鈍いだけなのか……。まあいい。君はどう思う? どうすべきだと思う? 忌憚ない意見を聞かせてくれ」

「私か。私は師団長殿の命令に従うまでだ」

「君がどうしたいか聞きたいんだ。どうか聞かせてくれないか?」

「分かった。私が師団長殿と同じ立場にあったとしたら、ザイス=インクヴァルト大将に味方するだろうな。現時点での性急な和平は、ガラティア攻めを始めてから失われた者に示しがつかない。無論、これは私の考えだ。無視して構わん」

「分かってる。ありがとう」


 オーレンドルフ幕僚長と同じ思いは、相当な人間が持っていることだろう。大将もその思いで蜂起に及ぼうとしているのだ。とは言え、彼女はシグルズがどんな選択をしようと従うつもりである。


「師団長殿は、どうするつもりなのだ?」

「それを決めかねているから、君と相談しているんだ」

「それもそうか。まあ何を選択しようとも、誰かは裏切ることになる。どの選択肢も等しく道徳に悖るものだ。師団長殿の好きにするのがいいだろう」

「随分なことを言ってくれるな。だが、確かにな」


 国を裏切るのか上司を裏切るのか、それが問題である。


「では僕達、第88機甲旅団の利益としては、どう思う?」

「反乱の先槍か、反乱を食い止めた忠臣か、いずれにせよ我々の地位は向上するだろうな。美味しい立場にいるではないか」

「美味しい立場ね。とてもそうは思えないが。しかし、決定打がないなあ……」

「どちらかが決定的に有利ならば、最初から迷うこともあるまい。迷いなど好みの問題に過ぎないと、私は思うぞ」

「結局は、僕の好きなようにやれってことか」

「最初からそう言っている」


 軍部か政府か、どちらに着くかを決めかねるシグルズ。しかし決行の日は確実に近づいてきている。彼は決断しなければならない。


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