密命
各機関、部隊が不穏な動きを見せている頃。ハーケンブルク城に恐るべき来客がやってきた。
「やあ、シグルズ。直接会うのは随分と久しぶりだな」
「大将閣下!? どうしてこんなところに?」
僅かな護衛だけを連れてシグルズを訪ねたのは、ザイス=インクヴァルト大将であった。
「君と折り入って話したいことがあってね。悪いが、人払いをしてくれないか?」
「わ、分かりました。続きは城内で話しましょう」
謀略の類にはあまり関心のないシグルズ。特に警戒することはなく、ザイス=インクヴァルト大将をハーケンブルク城内の一室に案内した。地上6階、普段は全く使わない部屋だが、エリーゼによって手入れが行き届いている。ザイス=インクヴァルト大将とシグルズは小さな机を挟んで向かい合った。
「それで、今度はどんなご命令でしょうか?」
「シグルズ、我が総統が戦争に幕引きを図ろうとしていることは、知っているな?」
「え、ええ、もちろんです」
「総統は、目先の犠牲から逃げ、将来に渡ってゲルマニアが被る破滅的な損害から目を逸らしている」
「は、はあ……」
ロクでもない話に巻き込まれている気がするが、シグルズは何も言わず聞くことにした。
「君はそう思わないかね?」
「将来的に被る損害、というのがよく分からないので、何とも」
「――そうか。君とはまだこの話を一度もしていないのだったな」
そう言うと、ザイス=インクヴァルト大将は自らの思想を語り出した。永遠平和に繋がらない妥協的な講和を結べば、近い将来に訪れる次の戦争でゲルマニアは壊滅的な犠牲を払うことになるのだと。
「なるほど。確かに、納得出来る話ではあります」
地球の歴史において、第一次世界大戦も第二次世界大戦も、全ての戦争を終わらせる為の戦争と宣伝されていた。だが実際は第二次世界大戦や第三次世界大戦が起こった。シグルズが死んだ後に第四次世界大戦があったのかは知らないが、多分あっただろう。少なくともこの世界で次の戦争は確実に起こる。
「それで、全ての国を枢軸国に加えれば次の戦争は起こらないと、そういうことですか」
「その通りだ。君ならこの理念、理解してくれるだろう?」
確かに、第一次世界大戦後に建てられた国際連盟、第二次世界大戦後に建てられた連合国は、いずれも世界大戦を予防出来なかった。前者は理念こそ立派であったが力がなく、後者は何の理念もない戦勝国の利益を守る為の団体である。その点、実力と理念を同時に持った枢軸国ならば或いは、世界平和を達成出来るのかもしれない。
「もちろんです。枢軸国こそ、世界平和への唯一の手段かと」
あり得るかも、程度しか思っていないが、シグルズは取り敢えずそう言っておくことにした。するとザイス=インクヴァルト大将はとても嬉しそうに破顔した。
「おお、そう言ってくれると思っていたよ、シグルズ。そんな理性的な君にこそ、頼みたいことがあるのだ」
「何でしょうか?」
――この話の流れだと、クーデターでも命令されるのか?
「単刀直入に言おう。軍部は、ヒンケル総統を排除し、ゲルマニアを軍部の手中に収めたい。君にはそれに手を貸して欲しいのだ」
「なるほど……」
――本当にそうだったのか。
「具体的な作戦は?」
「簡単なことだとも。君達第88機甲旅団は最前線に戻る振りをして帝都に近付き、帝都を襲撃し、親衛隊を排除し、総統を確保するのだ。そうすれば、後は我々が全て取り仕切る」
「そんなことをしたら閣下の身が危ないのでは?」
「安心してくれ。私を含め、軍部の要人は全て、作戦の決行日には帝都の外にいるよう手配してある。君は何の心配もなく、親衛隊を殲滅してくれればいいだけだ」
「しかし、どうして僕達を呼び寄せたのですか? 他に動かせる部隊などいくらでもあるでしょうに」
「あまり大規模な部隊を動かす訳にはいかんのだが、帝都には親衛隊がうようよしていてな。少数精鋭の部隊が必要だったのだ」
「なるほど。そういうことでしたか」
要するに便利に使える部隊ということだ。扱われ方は全く今まで通りである。
「さて、シグルズ、改めて確認するが、我々の計画に賛同し協力してくれるな?」
「一つ質問ですが、閣下の言う『我々』の内訳はどうなっていますか?」
計画にどれだけの人間が巻き込まれているのか、シグルズは知りたかった。
「今のところは極一部の人間しか計画を知らないが、少なくともカイテル参謀総長も含まれている」
「参謀総長が……。それはもう、軍部は全て味方に着いたも同然ですね」
「その通りだ。それで、どうなのだ?」
「ここまで聞いておいて、やっぱり止めるなんてあり得ませんよ。いつも通り、閣下のご命令に従います」
「うむ。よくぞ言ってくれた。作戦指令書は、今ここで渡そう。君の部下達には、作戦決行の日まで情報を漏らさないように。命令は以上だ」
「はっ」
封筒一つを残し、ザイス=インクヴァルト大将はハーケンブルク城を去った。その中にはシグルズの取るべき行動が事細かに書かれている。大将の言葉には冗談の一つも混じっていなかった。