不穏な予感
同日。帝都、親衛隊本部にて。
「全国指導者閣下、陸軍に不穏な動きがありました。詳しくはこちらに」
カルテンブルンナー全国指導者は、親衛隊独自の諜報網からの報告を受け取っていた。各組織が独自に情報を集めているのは、今に始まったことではない。
「先日ハーケンブルク中将が帝都に帰還したことと、無関係ではなさそうだ。いや、それこそが本命か」
「はい。それと、国軍の中で密かにスパイの摘発が始まっているようです。我々が参謀本部に送り込んでいるスパイも見つかる危険性が」
「何の問題もない。そもそも、我々のスパイが見つかったところで、一体何の罪状に問えると言うのだ。他国に情報を売った訳でもないのだ」
国内の組織が国内の組織に諜報活動を行ったところで、何の違法性もない。カルテンブルンナー全国指導者は親衛隊のスパイ活動が露見することを全く恐れていなかった。
「国軍は親衛隊を毛嫌いしています。親衛隊を攻撃する材料にされてしまうのでは?」
「親衛隊が攻撃を受けるなど、いつものことではないか。それに、軍も親衛隊にスパイを潜り込ませているだろう。例えば、君のようにな」
「っ、な、何を仰るのですか、閣下。ご冗談にもほどがあります」
全国指導者も思わぬ発言に、空気が凍り付く。一番気を張りつめたのは、全国指導者の執務室を固める警備兵達であった。
「閣下、ほ、本当なのですか? シュタウフェンベルク大佐が軍のスパイとは……」
「ああ、間違いない」
「では、すぐに逮捕を――」
「その必要はない。言っただろう。諜報活動に何ら違法性はないと。君は今後とも好きにスパイ活動を続けてくれたまえ。軍に親衛隊の意図を説明する暇が省けて助かるのだから」
「……何故、今そのようなお話を?」
「親衛隊は清廉潔白であり、我が総統に永遠の忠誠を誓うと、参謀本部の皆様にお伝えしたくてね。君もそのように報告するといい。それと、この場にいる全ての者は、今起こったことを決して口外するな。シュタウフェンベルク大佐の業務に支障が出かねん」
「は、はあ……」
国内の機関、特に軍部と親衛隊はお互いにお互いの内情を探り合っている。カルテンブルンナー全国指導者がいきなりスパイ活動を公認したのも、その範囲内の行為だ。
○
「親衛隊は一体何を考えている……。我々に揺さぶりをかけるつもりか?」
「さ、さあ……」
親衛隊に潜入するシュタウフェンベルク親衛隊大佐からの報告を受けたザイス=インクヴァルト大将。早速カルテンブルンナー全国指導者の意図を読み解こうとしていた。
「我々がスパイに警戒しだしたちょうどその時に、これだ。親衛隊の諜報網を誇示することが目的、ということか」
これはスパイなどとっくに把握して泳がせているのだという暗号だ。スパイを把握されているということは、軍部に流れる情報をカルテンブルンナー全国指導者が制御出来るということ。つまり軍の諜報活動は無意味であると宣言されたようなものである。
「し、しかし、どうして今そのようなことを……」
「我々を掣肘しようとしているのだろう。煩わしいことだ」
「親衛隊と軍の敵対状態など、ずっと以前からのことです。今更攻勢に出て来る理由が分からないのですが……」
「戦争は終わろうとしている。軍部の影響力が縮小することは避け得ない。それを見越して親衛隊の地位を向上させようとしているのだろう。実に小賢しい」
「な、なるほど。しかし、諜報活動ではやはり、親衛隊に分があるようです」
「ああ。陰湿な連中に似合っている。我々も負けてはいられんぞ。あんな連中が帝国を牛耳るなど鳥肌が立つ」
「ええ、確かに」
「奴らの挑発、受けて立とうではないか」
というのは部活に向けた方便。ザイス=インクヴァルト大将の本心は、親衛隊との縄張り争いなどにはなかった。
○
「エリーゼ様、城下町に造兵廠の者ではない兵士達が彷徨いておるようです。ご注意ください」
第88機甲旅団の名目上の構成員、アドルフ・ナウマン医長は、いまはエリーゼに直接仕えている。軍医であったエリーゼの父とかつて同僚であった彼だが、戦闘も機械いじりも医療行為も何でもこなし、何が本職なのかまるで分からない男だ。
「軍人、ですか。どこの所属か分かりますか?」
「少なくとも西部方面軍の所属ではあるかと。それ以上のことは調査中です」
「なるほど。ザイス=インクヴァルト大将の差し金、という訳ですか。しかし妙ですね。私を人質にでもしたいのなら、シグルズを呼び戻す必要なんてないのに」
「まったくですな。可能性があるとすれば、中将閣下に何かを強制したいのでは?」
「恐らくはそうでしょうね。腹立たしい……」
ザイス=インクヴァルト大将がシグルズに休暇を与える為に呼び戻したなど、最初から信じてはいない。シグルズを何かに利用するつもりなのは明白だ。
「本当なら今すぐ排除したいところだけど、こちらから手を出す訳にはいきませんね。ナウマンさん、引き続き城内の全てを監視しておいてください。もちろん、弟の近辺も」
「承りました」
エリーゼは城主そのものである。この城の中で勝手は許さない。