シグルズの帰還
さて、カエサレアで対陣を続けているシグルズ。彼にザイス=インクヴァルト大将からとある命令が届いた。
「――本国に帰還せよ、だって? こんな時にか?」
「は、はい。移動に不必要な装甲車両は現地に残し、第88機甲旅団の兵士は全て帰還せよ、とのことです」
「休暇をもらえるのはありがたいが、何だかな……。まあ、命令は命令だ。拒否権はない。ヴェロニカ、すぐに旅団各員に伝えてくれ」
「分かりました!」
軍団の司令官であるシグルズを含め、第88機甲旅団の人員は全て本土に帰還せよとの命令。しかも軍団の指揮については適当に代理を用意しておくから心配するなとご丁寧な配慮付き。一体何が何だか分からないが、シグルズは命令通り、帝都への帰路に着いた。
「残してきた部隊は大丈夫かな……」
「中央軍団は守りを固めている。敵が積極的に仕掛けてくる可能性は低いだろう」
「そうだな。そう祈っているよ」
シグルズ率いる中央軍団の役目はカエサレアを牽制しておくことであり、自ら攻め込む気はなく、防御をとことん固めている。連合軍があえて戦いを挑むことはないだろう。
第88機甲旅団は全員が装甲車に乗り、迅速に本土に向かっていた。
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ACU2315 11/21 グンテルブルク王国 ハーケンブルク城
陸路でビュザンティオンまで走り、その後は鉄道に乗って戻ってきた機甲旅団。参謀本部から指示されたのは休暇であり、彼らはシグルズの領地であるハーケンブルク城に向かうこととなった。
「随分と人が多いじゃないか。姉さんが勝手に城下町を開発したのか……」
元々は数百年前に放棄された廃城だったハーケンブルク城。シグルズを叙爵する為だけに現役に復帰した城の筈なのだが、いつの間にか城下町が形成され、小規模な都市になっていた。
「参謀本部が何を考えているのかは全く分からないが、せっかくの休暇だ。総員、好きに休め。いつの間にかこの城も、立派な休暇場所になっていることだしな」
部隊を解散させたシグルズ。兵士達は流石に故郷に帰る訳にはいかなかったものの、何故か宿場や市場や娯楽が整備されているハーケンブルク城で一時の休暇を過ごすことが出来た。ほぼ使う機会のない給料の、いい使い場所であろう。
「さて、僕は姉さんに色々と聞きに行くとしよう」
「あ、私も行きます!」
城主の義姉ということでハーケンブルク城の管理を任せていたエリーゼ。何がどうしてこうなっているのか、シグルズは聞かねばならない。エリーゼはハーケンブルク城の一室を居室としていた。
「――やあ、姉さん。帰ってきたよ」
「わ、私も、ただいま帰りました」
「おかえりなさい、シグルズ、ヴェロニカ。二人とも随分と大人びたわね」
特別驚くこともなく、エリーゼはおっとりした様子で二人を迎えた。おおよその事情は既に把握しているようである。
「ヴェロニカはすっかりゲルマニア人ね。それがいいのか悪いのかは分からないけれど」
ヴェロニカは元々ダキア人だ。ゲルマニアにちゃんと馴染めるかエリーゼは心配していたが、杞憂であった。
「は、はい。ゲルマニアにいる違和感はもうありません」
「よかった。シグルズは、何か話したそうね」
「ああ、姉さん。僕の城は一体どうなってるんだ? 何でこんなに人がいるのかな?」
「城と城下町の管理を任せてくれたのはあなたでしょう? だから領主として、ここを発展させただけよ」
「だけではあるけどさ……」
帝都近郊のだだっ広い土地を使い放題という好条件ではあるものの、ほとんど新たに一つの街を建設したというのは驚嘆に値する手腕だ。一体どこからそんな財源が湧いてくるのだか。
「とは言え、こんなところにわざわざ移住してくる人がいるとは思えない。ここにいる人達はどういう事情で?」
「ほとんどは軍人か商人よ。帝国第一造兵廠があるし、帝国第二造兵廠も支部を置いているから、軍事都市と言ったところね」
かなり前にライラ所長がここに帝国第一造兵廠を移転させた。帝国第一造兵廠は帝国の兵器の研究開発を行う機関であり、新たな発想をもたらしてくれるシグルズを傍に置いておきたかったからだ。もっとも、シグルズがほぼ常時前線に出ずっぱりだったせいで、その意味はなかったが。
「なるほど。第二造兵廠の件は初耳なんだけど」
「あら、そうだったかしら。土地が余ってたからクリスティーナ所長に売っておいたのよ。第一造兵廠の近所で便利そうだったし」
どうやらクリスティーナ所長が担当する兵器の量産を同時並行で実験するのに都合がいいらしい。
「姉さんに色々やってもらっているとは言え、城主は僕なんだ。事前に一報入れて欲しかった」
「ごめんなさい。次からはやらないわ」
「別に謝らなくても……」
「とにかくシグルズ、ヴェロニカ、この城も前のボロボロの状態から随分と整備したわ。長く休暇がもらえるとは思わないけど、ここで休んでいって」
「ありがとう、姉さん」
「ありがたく使わせてもらいます!」
以前は寂れ果てていたハーケンブルク城も、隅から隅まで新築のように整備され、非常に居心地がいい。