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最後の会議

 ザイス=インクヴァルト大将は総統官邸、その地下の会議室に到着した。会議室にいる人数はいつもより少なく、軍部の重鎮や各大臣だけがあった。雰囲気は暗く、正式の報告を受けずとも全員がおおよその事情を把握しているようだった。


「ふむ……わざわざご報告することもなさそうですが、あえてご報告しましょう。我が西部面軍、カエサレア攻略軍集団、北部軍団がヴェステンラント軍の大規模な攻撃を受け、壊滅しました。これを以て、カエサレア攻略作戦は破綻しました」

「うむ。大将、もう二言はなしだ。今度こそ君にも、ガラティアとの和平に協力してもらうぞ」


 ヒンケル総統は言った。それはザイス=インクヴァルト大将にとって死刑宣告と何ら変わらないものであった。


「……ええ、無論ですとも。約束は守ります。カエサレア攻略は断念し、以降はカエサレアに圧力をかけることのみに注力致します」

「やけに素直だな。まあいい。以後、軍部の仕事は現状維持だけだ。今後の交渉については外務省を中心に行う。軍部も意見してもらって構わないが、あくまで参考程度にさせてもらう」

「承知しています」


 ザイス=インクヴァルト大将は最早、ここでヒンケル総統に抗議するつもりはなかった。そんなことをしても時間の無駄である。


「では、外交を始めよう。リッベントロップ外務大臣、まずは現状の確認を」


 軍人達は蚊帳の外で会議は進んだ。結局のところ結論は以前と変化がなく、ヴェステンラントとガラティアには領土の割譲と賠償金の支払いだけを求め、枢軸国への加盟は要求しないというものであった。


 恒久平和なしに和平はあり得ずと考えるザイス=インクヴァルト大将の思想とは全く相容れない決定である。だが大将にはこれを覆すことは出来ない。


 ○


 その日。総統官邸での会議を終えた後、高級将校達が会議を開いた。本来の意味での参謀本部である。


「カイテル参謀総長、本当に、我が総統の決定に不服はないのですか?」


 ザイス=インクヴァルト大将は軍部の最高権力者、カイテル上級大将に問う。上級大将はこれまで、ヒンケル総統の政策に目立って反対したことはなかった。


「もちろん、全く不服がない訳ではない。だが、これが最もよい妥協だと考えている」

「妥協、ですか。もう少し仔細をお聞かせ頂いても?」

「端的に言えば、永遠平和など不可能だ。そんなものは夢想に過ぎない。人類がある限り、戦争は必ず起こる。君より何十年か長く生きている者からの忠告だ」


 軽く50年ばかり帝国軍に仕えているカイテル参謀総長は、平和など戦争と戦争の間の休止時間に過ぎないと確信している。存在しないものの為に何十万という若者の命をくべるのは、彼にとっては論外なのである。


「なるほど。しかし、閣下がこれまで生きて来た時代と現在では、まるで情勢が違います。いや、現在この世界は、人類史上類を見ない状態にあると言ってもいいでしょう」

「どういうことかな?」

「閣下はこれまで、世界大戦を経験したことがおありでしょうか? この世界に存在する全ての列強が潰し合う大戦争を」

「それは、ないが……」

「ええ、そうでしょう。世界大戦、大戦争は人類の歴史始まって初めてのこと。故に、これを全ての戦争を終わらせる為の戦争にしなければならないのです。人類史上最大の惨禍を乗り越えた時、我々はついに永遠平和を手にすることが出来るのです!」


 歴史上初めてのことが既に起こっている。ならば歴史上初めての恒久平和も実現できるのではあるまいか。哲学的に過ぎ具体性を欠く思想であることは本人も自覚しているが、ザイス=インクヴァルト大将はこれを確信していた。


「君の言いたいことは分かるがな。だが、それでも、世界大戦など所詮は規模の大きいだけの戦争だ。それで何かが変わるとは、私には思えんな」

「ならば、枢軸国はどうでしょうか? 有史以来、これほど大規模な軍事同盟、国際組織が結成されたことはありません。これこそが永遠平和への一歩とは思いませんか?」

「とはいっても、敵は枢軸国を完全に拒絶しているではないか」

「枢軸国に加盟させる為に、ガラティア帝国を徹底的に叩かねばならないのです!」

「結局はその話か」

「ええ、そうですとも。枢軸国こそ、世界にとって唯一の希望。あと一歩で、世界に永遠の平和をもたらすことが出来るのです!」


 何度でも主張する。ザイス=インクヴァルト大将の戦略はたった一つ。連合国を徹底的に叩き、これを解散させ、その構成国を全て枢軸国に合流させることである。


「確かにそうかもしれんがな……。だが、もう戦いは終わった。少なくとも別の手段でガラティア帝国を枢軸国に加盟させるしかない」

「侵略が大好きな連合国は、殴って聞かせない限り、枢軸国に加盟などしないでしょう」

「じゃあ諦めるしかないな。その計画は次の戦争に取っておくしかあるまい」

「恐れながら、閣下は死んで責任から逃れようとしているのでは?」


 次の戦争が起こる頃にはカイテル参謀総長は死んでいるか、少なくとも引退していることだろう。


「……馬鹿を言え」

「申し訳ありません。言葉が過ぎました」


 しかし、大将の言葉は上級大将の心に棘を残した。

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