晴政の決断
「……何だと? 潮仙にヴェステンラント軍が攻め込んだだと?」
「正確には攻め込もうとしている、とのことですが」
「まさか、その手に出るとは思わなかったな」
破壊されたバンダレ・ラディンに急遽建てられた屋敷にて、晴政は武田家からの救援要請を受け取った。これに応じるか否か、そして本土に残る諸大名にいかなる命令を出すか、晴政は決断を迫られていた。
「俺はどうすればいいのだ、源十郎」
「私見となりますが、いち早く本土に戻り、守りを固めるべきかと。どう足掻いても潮仙半嶋の失陥は避けられませんが、八洲まで敵が攻め込むことは看過出来ません」
潮仙半嶋も、古代の意味での八洲(地球で言うところの日本列島)も、共に大八洲の伝統的な領土であるが、大陸諸勢力と奪い合いを繰り返し国境線の変更を繰り返してきた潮仙と、建国以来一度も敵の侵攻を許したことのない八洲が落ちるのとでは、事の重大さが段違いである。この神洲が敵の手に落ちるような事態だけは絶対に避けねばならない。
「だが、ここで我らが手を引けば、ガラティアは息を吹き返すだろう。それはどうするつもりだ?」
「ガラティアより先に我らが滅びます。それは論外かと」
「そう、だな。自らの城を空にして敵に攻め込むなど論外だ。すぐに諸将を集め、撤兵の下知を行う」
晴政もまた、眞田信濃守と同様の結論に達した。自国を敵の攻撃に晒してまでゲルマニアに協力する義理はない。それは同盟ではなくゲルマニアへの従属だ。
「多少の兵ならばここに残してもよいかと思いますが」
「それもそうか。なら、適当に見繕っておけ」
「はっ」
晴政は遥々遠征してきた諸将を集めて、ここまでの経緯と自らの意志を伝えた。保守的な思想の者が多い諸大名は寧ろ積極的に撤退に賛同し、主力部隊を大八洲本土に帰還させることは早々に決定された。また毛利周防守と五千ほどの部隊だけがここに残ることとなった。
「決まったか。源十郎、すぐにこのことをゲルマニアに伝えよ」
「はっ。直ちに」
かくしてゲルマニアと大八洲の共同作戦は、早々に足並みが乱れることとなってしまったのである。
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ACU2315 11/13 神聖ゲルマニア帝国 グンテンブルク王国 帝都ブルグンテン 総統官邸
「何? 大八洲がバンダレ・ラディンから兵を退くだと?」
会議の最中、ヒンケル総統らに急報が届けられた。
「は、はい。これを覆すことはあり得ない、とのことです」
「……まあ、本土が危機的な状況となれば、仕方もない話か。大八洲を責めることは出来んな。事前に相談くらいはして欲しかったものだが」
大八洲が勝手に撤兵を決めたことで、ゲルマニアと大八洲の溝が少し深まってしまった。
「ザイス=インクヴァルト大将、作戦への影響は?」
「無論、大きな影響があるでしょう。バンダレ・ラディンから大八洲軍が撤退した以上、ガラティア帝国の分断状態は解消されてしまいます。時間は再び我々の敵となってしまうでしょう」
エスペラニウムの産出地であるトリツとガラティア本土の接続を絶ち、兵糧攻めをするのがザイス=インクヴァルト大将の作戦であった。しかしそれは破綻し、戦争の長期化で疲弊するのはゲルマニアだけになってしまった。
「そうか……。我々に勝ち目はなくなってしまったのか?」
「いいえ、そんなことはありません。そもそも我が軍は、敵のエスペラニウムが尽きる尽きないに関係なく、カエサレアを落とすべく進軍しています。勝機は十分残されています」
「大将、それじゃダメなんだ。敵が息を吹き返してしまった。再びガラティア軍との全面衝突となる。それは、許容出来ない」
ガラティア帝国の後方を脅かし、兵力を分散させたところで叩くことを、ヒンケル総統は承認した。だが作戦が破綻し、ガラティア軍が全力で抗戦することが確実となった今、総統にこれ以上の戦闘継続を支持することは出来なかった。
「我が総統、どうかお考え直しください。我が軍の主力部隊は既にカエサレアの目前にまで到達しています。別働隊で南北の街道を押さえ、戦略的に包囲することが出来れば、カエサレアは必ず落とせるのです。我が国の勝利は、目前にあります」
シグルズ率いる主力部隊は既にカエサレアを野砲の射程に収めている。別働隊は南北の街道から砦を落としながら進軍し、カエサレアに到達するのも時間の問題だろう。これらを併せて総攻撃を行えば、必ず勝てる。ザイス=インクヴァルト大将はそう確信していた。
「大将、私は前線からの報告も直接受けていてね。既に各部隊がかなりの損害を出している様じゃないか。敵の本丸であるカエサレアを落とせる確証があるとは、私には思えないな」
「…………恐れながら、我が総統は軍事の専門家ではありません。私は当然前線からの報告を全て受けていますが、それを元に判断する限り、カエサレアの攻略は十分に可能です」
「一体どれほどの損害が出ると思っている? 私は、もうこれ以上の損害に耐えられないんだ」
「……そうですか。私と我が総統とでは、価値観が根本的に違うようです。これ以上の議論は無駄かと思われます」
「お、おい」
ザイス=インクヴァルト大将は席を立ち、会議室から出ていってしまった。まるで駄々をこねる子供のようである。