女王ニナ、動く
ACU2315 11/12 潮仙半嶋 樂浪國 岩田城
唐土の大半を服属させ、大八洲本土たる潮仙半嶋に陸路より攻め込むガラティア軍。これを迎え撃ったのは古来より半島に領地を持つ武田家であり、以後は延々と睨み合いを続けていた。ガラティア軍はあまりにも急速な進軍で足元が覚束ず、大八洲軍は攻勢に出られるほどの戦力がないからである。
現在は主君が幼少であり、実質的に重臣達が取り仕切っている武田家。その中で最も力を持っているのが眞田信濃守である。そんな彼の居城、堅牢な山城である岩田城に急報が入った。
「眞田殿! 一大事にございます!! 北方より、ヴェステンラント勢およそ十万が、ここに進軍しているとのこと!!」
「何じゃと? どうしてヴェステンラントが兵を……いや、北からということは、陸路でやって来たのか」
大八洲近海どころか平安洋全体の制海権は大八洲のものであり、それほどの大軍をバレずに送り込むなど不可能。しかし一つだけ例外があり、ヴェステンラント大陸とエウラシア大陸がほぼ地続きになっている極北の地から陸路で攻め寄せれば、船を使う必要はない。ヴェステンラント軍は間違いなく、氷の大地を通って十万の大軍を送り込んで来たのだ。
「ついに、奴らの女王が本気を出したようにございまするな」
隻眼の軍師、山本菅助は言う。女王を除く大公達が前線で忙しくしている今、これほどの大軍勢を動かせるのはヴェステンラント女王ニナしかいないのである。
「うむ。これは、大変なことになったのう」
「いくら我らでも、これに独力で対処するは不可能。別の策を練らねばなりませぬ」
「すぐに諸将を集めよ。軍議を開く!」
武田家の兵力は二万ほど。流石にこれほどの大軍に抗するのは不可能である。
○
「な、何と……十万など、そんな大軍勢が、ここに……」
眞田信濃守から現状を聞かされ、勇猛な武田の武将達も流石に気が動転してしまった。
「うむ。我らの騎馬隊、兵卒がいかに精強であろうとも、七倍の兵を相手にするのは無謀というもの。これが家の滅亡を賭けた戦ならいざ知らず、我らには退くところがある。素直に退くべきじゃ」
最も優れた武将とは、確実に勝てる状況を常に整えられる武将である。劣勢を覆す奇術のような采配は、本来は褒められたものではない。故に眞田信濃守は、防衛線を放棄し撤退することを決め込んでいる。
「皆の者、異論はあるか?」
「恐れながら、それは武田が千年守ってきた潮仙の地を捨てるということでしょうか?」
「左様じゃ。本当なら儂とてそんなことをしたくはないが、ここで城を枕に玉砕するか、捲土重来を図るか、どちらの方がよい?」
「それは……無論、捲土重来の方がよいかと」
ここで戦って戦力を失えば、潮仙を未来永劫奪還出来なくなってしまうかもしれない。敵の侵入を許さず守り抜くことが不可能である以上は、一度領地を捨て、体勢を整えた後に奪還を図るべきである。
「しかし……ここで勝てぬのならば、どこでも勝てません。潮仙のことごとくを敵に明け渡すというのですか?」
武田勢は半嶋で最も防御に向いた山脈に城や砦を築いて防衛線を敷いている。ここを突破されれば、潮仙半嶋は全て敵の手に落ちるだろう。
「そうじゃ。半嶋は全て捨て、八洲にて奪還の機を待つ」
「本当に、奪い返せるのでしょうか……?」
「何を弱気になっておる。大八洲諸大名が合力すれば、造作もないことよ。ただ、それには関白殿下の力が必要じゃが」
作戦の欠点は、大八洲の全力を出すのに関白晴政の出馬が必要なことである。即ち、現在ガラティア帝国に上陸した部隊を引き上げる、ないし活動を大幅に縮小する必要があるのだ。
「ガラティア入りの軍団を引き揚げるは、ゲルマニアとの友誼に悖るのではありませぬか?」
「確かにそうじゃが、本朝の危機とあらば仕方もあるまい」
「ではやはり、何としてでもここでヴェステンラント勢を追い返すべきではありませぬか?」
「それが出来れば苦労はせん」
「表裏比興の者と恐れられた眞田殿でもですか……?」
「左様じゃ。儂も随分と老いたからのう。昔のようにはいかんわい」
「ふざけないで頂きたい、眞田殿!」
「ふざけてなどはおらぬ。一度出来たことが二度出来るとは思うべからず。そんな分の悪い賭けは、しない方がよいのじゃ」
「失礼を致しました。しかし、今こそ賭けの時ではありませぬか? この大戦を終わらせる好機を逃す訳には参りません」
「ガラティア攻めを止めたところで、ゲルマニアは滅びるのか? そうではあるまい。他方、我ら武田は滅びに瀕しておる。どちらが優先されるべきか、考えるまでもなかろう。それでもゲルマニアを優先するのであれば、それは同盟にあらず」
「それは……確かに、間違っているとは思いませんが……」
「ならば、ゲルマニアのすべきこと、我らのすべきことは決まったな」
「はっ……」
敵国に大いに攻め込み優勢の国より危機に瀕する国の方が優先されるべきは当然の摂理。眞田信濃守はやはり、ガラティアに攻め込んだ伊達陸奥守に本土への帰還を要請することにした。