マシッソス砦の戦いⅢ
ゲルマニア軍のど真ん中で散々暴れ回ったスカーレット隊長。周辺には破壊され炎上した戦車と一刀両断された死体が無数に転がっていた。
「隊長、ゲルマニア軍が動き始めました!」
「そろそろ反撃を始めたか。全軍、撤退せよ! 成果は十分だ!」
ゲルマニア軍が増援部隊を送り込んできたところで、スカーレット隊長は撤退を開始する。ゲルマニア軍は負傷兵の救護や収容に兵力を取られ、追撃してくることはなかった。果たして騎馬隊はマシッソス砦に無事に撤退したのであった。
○
「シグルズ様、友軍の損害は甚大です……」
「…………まったく、この戦争始まって以来最悪な戦闘な気がする」
ゲルマニア軍はスカーレット隊長の騎馬隊の襲撃を受け、100両を超える戦車と3千近い兵士を失った。特に戦車の損害は大きく、概ね2個師団分の戦車がそっくり失われてしまったことになる。これほどの戦車が一気に失われるのは極めて稀だ。
「敵の罠にかかったな、師団長殿」
「ああ、そうだな。小規模な砦だと思って舐めていた。とは言え、君の言う通り、城攻めに特効薬は存在しないよな」
「シグルズ様、アンキューラの時みたいに城壁を直接攻め込まないんですか?」
「アンキューラは城壁がかなり低かったけど、ここはそうでもない。昔の砦のまま放置されていたせいで、逆に面倒なことになっている訳だね」
「な、なるほど……」
アンキューラの城壁はゲルマニア軍の砲撃に耐える為に低く厚く造られていた。それ自体は合理的であったが、敵の侵入を阻むという最も根本的な役割を果たすことが出来ず、落城を許したのだ。
それに対して大昔のまま放置されていたマシッソス砦の城壁は、兵士の侵入を阻むのに十分高い。皮肉にも、中世のままの砦の方が脅威なのだ。
「多くの犠牲は出したが、城門は一つ突破出来たのだ。このまま攻撃を続ければ、確実に砦を落とせるとは思うが?」
オーレンドルフ幕僚長は言う。確かに作戦自体は成功しており、戦況は悲嘆すべきものではない。
「そうだが……もう少し上手くやりたいな」
「ふむ。師団長殿、何か作戦でもあるのか?」
「この砦に民間人はいない。純粋な軍事拠点だ。ならば、徹底的に破壊しても問題はない」
「敵の負傷兵や我が軍の捕虜などが犠牲になる可能性はあるがな」
「……仕方ない犠牲だ。砦の中にいる方が悪い」
「師団長殿も、なかなか言うようになったじゃないか」
「砲兵隊に準備をさせてくれ。この規模の砦なら、端から端まで野戦砲の射程に入る筈だ」
いつも遅れて到着する砲兵隊であるが、シグルズが立ち往生させられている間に流石に到着していた。その砲兵隊に、シグルズは全力砲撃を指示する。
「師団長殿、準備が完了した。いつでも撃てるぞ」
「了解だ。砲兵隊、全軍撃ち方始め!」
ゲルマニア軍の重砲は、戦車の主砲とは違い持ち運びなどロクに考慮していないが、威力は段違いである。100門ほどの重砲がシグルズの遥か後方から一斉砲撃を開始した。
砦に砲弾が降り注ぎ、塔や屋敷は一撃で簡単に吹き飛び、たちまち廃墟の群れと化した。魔女も流石に完全に倒壊した建築物を修復することは出来ず、城壁以外の建造物はことごとく粉砕された。そうして総攻撃を行うこと2時間ほど。
「師団長殿、そろそろいいのではないか?」
「そのようだな。砲兵隊、攻撃止め」
マシッソス砦は城壁を除いて消滅した。今や瓦礫の山が円形の城壁の中に積み上がっているだけである。
「こ、ここまでしたら、流石に敵も降伏するんじゃないでしょうか……?」
ヴェロニカは言う。もう拠点としての機能は失われており、敵が戦意を失っていてもおかしくはないだろう。
「私も降伏を呼び掛けてもいいとは思うが、どうする師団長殿?」
「そうだな。降伏を呼び掛ける。ヴェロニカ、頼むよ」
「は、はい!」
ヴェロニカはヴェステンラント軍に降伏を呼びかけた。
○
「ゲルマニア軍からの降伏勧告、ですか。確かになかなかやってくれましたが、どうしましょうかね」
クロエらは砦の地下に避難して指揮を執っていた。流石のクロエでもゲルマニア軍の砲撃の中では命の保証がないのである。
「降伏など論外です! 城壁さえあれば、我々は戦えます!」
スカーレット隊長は予想通り、戦闘の継続を訴える。
「まあ確かに、城壁以外の設備は兵の宿舎に過ぎませんが、備蓄していた物資が多く失われてしまいました。今の私たちにとって不可欠な弾丸と火薬もです」
「そ、それは……」
「エスペラニウムと違って、これらは破壊されたらお終いです。兵に損害は少ないですが、私達の継戦能力は大きく削がれたと言っていいでしょう」
「で、では、魔法で弾丸を作ればいいのでは?」
「私達は魔法を節約する為に銃を使っているのですよ? それでは本末転倒です」
「そ、そうでした……」
弾薬庫などが破壊されて継戦能力を大きく失ってしまったヴェステンラント軍。どうやっても長期間の抗戦は不可能である。
「では、撤退する他にないのでしょうか……」
「そうですね。まだ余力の残っているうちに、軍勢をカエサレアまで退かせましょう。降伏はしません」
「無論のことです!」
かくしてクロエは不本意ながら、マシッソス砦を放棄することを決定した。