分断された帝国
ACU2315 10/13 ガラティア君侯国 カエサレア
バンダレ・ラディンの戦いは、枢軸国軍の一方的な勝利に終わった。連合軍が戦局打開を託した鳳翔奪取作戦は完全に失敗し、連合国艦隊は撤退を余儀なくされ、追撃戦においてそれなりの損害を出してしまった。
バンダレ・ラディンの港は、最早マトモな建築物は一つも残っていないという状況であるが、復旧されるのにそう時間はかからないだろう。それまでに連合軍は策を練る必要があった。
「ではヴェステンラントの諸君、まずは状況を整理しよう。バンダレ・ラディンは海上、陸上交通双方の要である。ここが落とされた今、我が帝国は真っ二つに分断されたと言っても過言ではない。我が軍の主力と諸君の援軍がある西側と、エスペラニウムの産出地と我が東部方面軍がある東側である」
連合国軍の主力地上部隊は、エスペラニウムの一大産地であるトリツと分断されてしまった。世界の海の大半がゲルマニア海軍の支配下にある以上、いずれエスペラニウムが枯渇して軍勢が無力化されるのは必至であった。
「このままでは、我が軍の敗北は確定したようなものですな」
赤公オーギュスタンは言った。
「ああ。長期的に見ればそうだろう。とは言え、我々の備蓄も決して少なくはない。ゲルマニア軍が息切れするまで耐え抜ければ、我々の勝ちではある」
「ゲルマニアが諦めてくれるのならば、勝機はあります。しかしそれに期待するのは、危険が大き過ぎるのでは?」
「ああ。だからまずは、エスペラニウムの備蓄量を把握する必要がある。備蓄だけでどれだけ戦えるか、把握している者はいるか?」
「陛下にはそのくらいは把握して頂きたいのですが、今くらいの膠着状態なら3ヶ月。激しい戦闘があれば1ヶ月程で尽き果てるかと思われます」
白公クロエが答えた。彼女は案外数字に細かいのである。
「思ったより少ないな。つまりは、ゲルマニア軍が攻勢に出れば、1ヶ月程度で終わるということか」
「ええ、そうなりますね」
「それに、ゲルマニア軍も、我々に後がないことくらいは分かっているだろう。仕掛けてくる可能性は高い」
「そうなったら終わりですね」
「ふっ、そうだな」
ゲルマニア軍が戦略的にエスペラニウムを枯渇させようとしているのは明らかだ。故に彼らは、とっととエスペラニウムを使い果たさせるべく、攻勢に出てくると思われる。手を打てなければ、連合国軍の寿命は残り半月である。
「さて、どうしたものかな」
「諸悪の根源であるバンダレ・ラディンを奪還すればいいのでは? と言うか、それ以外に打開策があるのですか?」
クロエは言う。事態を根本的に解決する方法は、トリツとの接続を確立する他にない。
「バンダレ・ラディンに上陸した敵軍は、大八州軍の主力部隊だ。これを撃破するには我が軍も主力部隊を送らねばならない。だが、百万のゲルマニア軍を前に主力部隊を動かすのは不可能だ」
「じゃあ、諦めるしかないですね」
「そうだな。我が軍の実力では、最早何の手も打てない。東方に展開している軍団も、余りにも遠くて話にならない。ここで死を待つ他ないな」
「我々に出来ることと言えば、可能な限りエスペラニウムを節約して戦闘を継続することだけでしょうな」
オーギュスタンは言う。
「節約とは面白い表現だが、そうだな。ヴェステンラントは何かしてくれんのか?」
「我が国の本土は遥か遠くです。今から援軍を送っても間に合うとは思えませんな」
「それもそうか。では、人事を尽くして天命を待つとしよう。可能な限り時間を稼ぐ。その為ならば、いかなる犠牲をも厭わない……」
アリスカンダルは溜息を吐いた。
○
ACU2315 10/18 ガラティア君侯国 マシッソス砦
予想通り、バンダレ・ラディンを落とした後、ゲルマニア軍は大攻勢を開始した。ゲルマニア軍は連合国軍最高司令部があるカエサレアを攻略すべく、40万の大軍を動員して進攻。その道中にあるマシッソスの砦に迫っていた。
「さて……エスペラニウムを可能な限り使うなという無理な命令、完遂しなければなりません」
砦の守備隊を指揮するのはクロエであった。良い言い方をすれば信頼されているということだが、嫌な役割を押し付けられたものである。
「ですがクロエ様、魔法を使うなと言われましても、一体どうすれば……」
猪突猛進の騎士、スカーレット隊長も、今度ばかりは弱気である。彼女にとって、いやほぼ全てのヴェステンラントの兵士にとって、魔法を使うなというのは剣も鎧も持たずに戦えと言われているも同然なのである。
「戦術を大幅に変えなければならないでしょう。魔法を使わずに戦わなければなりません」
「それは、ゲルマニアのように銃で戦えと言うのですか!?」
「ええ、そういうことです。但し、私達の銃はゲルマニア軍の銃とは比べ物にならないほど低性能ですが」
ゲルマニアから輸入していた銃火器は、ビュザンティオン陥落の際に大半が失われてしまった。ガラティアに残された銃は、猟師が使う中世の火縄銃だけである。