戦いの結末
「また、君が立ち塞がるのか。シグルズよりはマシだけど、面倒」
「ネルソン提督のいるところには、必ず私がいるよ。覚えておくといい」
「そうさせてもらう」
自ら戦況を打開しようとしたクラウディアを、ベアトリクスが迅速に迎え撃った。両者は飛行甲板の上空で睨み合う。
「レギオー級の魔女である私に、一体一で勝てると思っているの?」
「魔力が多いだけで技術のないような奴に、負けるつもりはないよ」
「……言ってくれる。ならば、その実力を見せてもらおう」
「望むところだね!」
手始めに、クラウディアは無数の氷の槍を作り出し、ベアトリクスに向けて一斉に投げ飛ばした。氷とは言っても人間の体など軽く貫通する強力な攻撃である。
――この量を防ぎ切るのは無理か。なら、避けるだけ。
クラウディアは地面を蹴ったような勢いで槍の射線から逃れた。目標を失った槍は鳳翔を飛び越え、海に沈んでいった。
「やっぱり、避けることしか出来ないのか」
「当たらない攻撃なんて、豆鉄砲よりも弱いんじゃないかな」
「…………」
不愉快そうに黙り込んで、黙々と槍を投擲するクラウディア。しかし、彼女の攻撃はベアトリクスの今いる場所を狙うだけのもので、回避するのは実に簡単であった。立体的に逃げ回る目標を狙い撃つのはそもそも至難の業だが、今回は相手も悪かった。
「どうしたんだい、黒の魔女? 格下の魔女一人に傷を付けることも出来ないのかな?」
「……私はそもそも戦いに向いた魔女ではないと言っている」
「開き直りかい? まあ、そう認めてくれるのなら、以降は君を警戒対象から外すよ」
「…………」
ベアトリクスがクラウディアを挑発するのは、クラウディアを無視して晴政を殺しに行かない為である。クラウディアに無視されると、彼女を食い止めることは出来ないのだ。
「私は動き続けているんだよ? 私がいる場所を狙っても当たる訳がないじゃないか」
「偏差射撃をしろと?」
「よく知ってるじゃないか。やればどうだい?」
「それが出来たら苦労はしない」
弾丸が届く時に敵がいるであろう場所を狙うのが偏差射撃である。クラウディアは知識としてはそのことを知っているが、実際にそれをやれるほどの技術はなかった。
「じゃあどうする? 諦めるかい?」
「なら、こうさせてもらう」
「おっと」
クラウディアは氷の槍を自らの手元に作り出すと、弾丸の如く猛烈な勢いでベアトリクスに突進した。自分で殺しに行けば偏差射撃など考える必要がないからである。
「それも、相変わらず直線的で分かりやすいね」
「っ……」
ベアトリクスは自らの体が貫かれる寸前に身を翻し、槍の刺突をスレスレで回避した。クラウディアは勢い余ってベアトリクスの後ろまで飛ぶが、すぐに体勢を立て直す。
「レギオー級の魔女ともあろう人が、ただの槍で戦うとはね」
「これが一番効率的」
「命中率からしたらそうかもね。でも君は、自分がやられることを考えていないんじゃないかな?」
「……知ったことじゃない」
苛立つクラウディア。至近距離からベアトリクスに向かって突撃を仕掛ける。ベアトリクスは眼光を鋭くした。
「ああ本当に、分かりやすいね」
「う、あ……」
当然のごとく刺突を回避したベアトリクスは、すれ違いざまにクラウディアに斬りつけた。胸から腹にかけて彼女の黒い洋装は裂け、血が滴っている。
「さて、そんな怪我を放っておいていたら、死ぬよ? どうする?」
「……撤退、させてもらう。追い討ちでも、するつもり?」
「私から攻撃するのは、なかなか厳しいものがあるからね。そのつもりはないよ」
「そう……」
クラウディアはあくまでもレギオー級の魔女だ。ベアトリクスは実際のところ、彼女が隙を晒して攻撃してこない限り、攻撃を当てるのは難しかった。
クラウディアはフラフラしながら艦隊に帰還し、手厚い治療を受けて命に別状はなかった。しかし戦場に復帰出来るのは、暫く先のことになるだろう。
○
同刻。連合軍司令部が置かれるカエサレアにて。
「申し上げます! クラウディア様、負傷! 戦闘の継続は困難とのこと!」
「黒の魔女殿がやられたか。それは厳しいことになってしまったな」
ゲルマニア軍の主力部隊は依然として陸から進攻する構えを崩しておらず、司令部はそちらに力のほとんどを割かざるを得ない。そうしてバンダレ・ラディンの防衛はほぼクラウディアに任せっきりになっていた訳だが、そのクラウディアが重傷を負ってしまったのである。
この危機的な事態にも、アリスカンダルは動揺していなかった。
「これではバンダレ・ラディンを守りきることは厳しいでしょう。陛下は、いかがなさるおつもりですか?」
赤公オーギュスタンは問う。
「そうだな。まず、バンダレ・ラディンの港はもう落ちたも同然。これ以上兵を失う訳にはいかぬ。直ちに兵を退かせよ」
「港を失った後は、どうしますか?」
「バンダレ・ラディンは枢軸国艦隊の手によってほぼ破壊される尽くした。暫くは、大した影響はないだろう」
「港が修繕されれば危機的な事態では?」
「そうとも言えるな」
とにもかくにもバンダレ・ラディンは枢軸軍の手に落ち、ガラティア帝国は国土を分断されてしまったのである。