鳳翔の戦いⅡ
「で、あんたは何がしたいの?」
伊達家の侍大将、桐は晴政に問う。さっきまで爆撃機に乗りたいだの上陸したいだの言っていた晴政がいきなり艦橋で大人しくしているのは、何か考えがあるからに違いなかった。
「何だ、気付いておったのか」
「何を考えてるのかは知らないけど、何かしようとしているのは分かるわ」
「そうか。俺にそういう口を利く奴も随分と少なくなってしまったな」
「……は?」
「ただの感傷だ。敵は必ずここに来る。それを待ち受けているだけのことだ」
「敵が艦橋に? まあ、確かにここが船の本陣ではあるわね」
アトミラール・ヒッパー級やシャルンホルストは、艦橋に対空機関砲を張り巡らせ、敵が直接侵入するのを防いでいた。だが鳳翔にそんなものはなく、艦橋に直接飛び込むのは容易である。晴政はそれを待っていたのだ。
「あんた、死にたいの?」
「まさか。俺は一番血が滾る戦いに身を置きたいだけだ」
「あっそう。こんなところで討ち死にとか、末代までの恥だから止めてよね」
「無論だ。俺は死なぬ」
さて、甲板のことは成政と源十郎に任せ、半刻ほどが経過した。
「成政の様子はどうだ?」
「一進一退と言ったところですが、何分、兵が少なく……」
「そちらは時を稼げばよい。甲板の上で戦う必要はないからな。源十郎は?」
「死体で廊下を埋め尽くしたとのことです」
「ふははっ、やるじゃないか」
「で、殿下、敵がここに向かって来ます!!」
「お、来たか」
その時、艦橋に向けて一直線に突っ込んで来る魔女の群れを物見が発見した。晴政を直接殺すつもりであろう。
「殿下、お逃げくだされ!」
「何を馬鹿なことを申しておる。俺も戦うに決まっている」
晴政は刀を抜いた。
「ではやるぞ。矢を番えよ!」
「は、はっ!」
艦橋の窓硝子に向けて、武士達は弓を構えた。
「よ、よろしいのですか?」
「ああ、構わん。放てっ!」
号令で一斉に矢を放つ。矢は硝子を貫通し、その先にいる魔女達を次々に貫いた。だが空中の相手に矢を命中させるのは難しく、迎撃し切るのはまず不可能だ。ヴェステンラントの魔女は割れた硝子に体当たりしてぶち抜くと、そのまま艦橋に突入した。
「よくぞ参った! ヴェステンラントの者共! 我こそは関白、伊達陸奥守、豊臣晴政である! かかってこい!!」
「ほ、本当にいたのか!? かかれっ!!」
まさか本当に敵国の最高指導者がいるとは、魔女達も思っていなかった様子。しかしそれを認めると、晴政を殺しに一斉に飛びかかった。
「ふん、遅いな」
「ぐああっ!!」
狭い艦橋では剣に頼るしかない。魔女達は魔法で動きを加速させ筋力を増強させているが、晴政の剣の腕には全く敵わなかった。大八洲の武士達の練度はそもそも連合国の兵を圧倒しており、その武士の中でも特に秀でた剣技を持つ晴政に一体一で勝てる者など、そうそういないのだ。
「クッ……一気にかかれっ! 何としてでも奴を殺せっ!!」
艦橋の兵らには目もくれず、晴政を三方から囲いこんで襲いかかるつもりのようだ。
「ほう」
「流石に手を貸すわ!」
すかさず間に入る桐。魔女達に突っ込んで晴政への攻撃を食い止める。
「無粋な真似をするな、桐」
「はあ? 死にたいの?」
「そうは言うておらぬ」
桐が相手にし切れなかった魔女が十人ほどで晴政に斬り掛かる
「その程度か!」
「何!?」
晴政もまた桐と同じように、突っ込んで来る敵に突っ込んだ。包囲されれば流石に持たないと判断したからである。魔女に斬り込み、一瞬にして斬り伏せ、包囲はあっという間に瓦解した。
「お前達はそんなものか! さあ、かかってこい!」
「この……!!」
艦橋を縦横無尽に駆け回る晴政に翻弄され、ヴェステンラント兵は常に一体一か、精々三人程度でかかることしか出来なかった。外から見ればまるで晴政の方が魔女狩りをしているようであり、艦橋にはヴェステンラント兵の死体が積み重なって行った。
が、魔女は次々と艦橋に突入し、まるで尽きる気配がない。
「晴政、そろそろ、流石にキツいんじゃない?」
「ふん。何万人が来ようと片っ端から打ち倒してくれるわ!」
「あんたは総大将なのよ? 刀じゃなく軍配を持ちなさいよ」
「…………まあ、それは一理あるな。皆の者、下がるぞ!」
鳳翔の艦橋は実の所、物見櫓としてしか機能していない。別に捨てても問題ないのである。という訳で晴政達は艦橋を捨てて、下の階に続く階段に立て籠ることにした。
「桐、敵を食い止めておけ」
「とんだ命令ね、まったく」
「お前なら出来るだろう」
「はいはい」
桐に防戦を任せ、晴政は鳳翔全体の指揮に復帰した。
「成政の様子はどうだ?」
「そ、それが、敵の数が甚だ多く、苦戦しているとのことです」
「鳳翔の上とは言え、野戦のようなもの。これだけの数の差を覆すは厳しかろう。成政は艦内に退かせよ」
「はっ!」
流石に正面切ってやり合うのは厳しくなってきた。飛行甲板は捨てさせ、成政は艦内に退却させた。
「し、しかし殿下、これでは敵が下から艦橋に攻めて来ます!」
「下は成政に守らせよ。他は捨てて構わん」
「はっ」
艦橋に全力で立て籠ることにした晴政。流石に援軍が欲しくなってきた。