アリスカンダルの読みⅡ
「うむ。トリツからここに至る道を最も効果的に遮断するには、イランを攻撃するのがいいだろうな」
「なるほど。確かに、流石の大八洲もそれ以上西には出られないでしょうな」
イランより西は細長い湾の内側になる。流石の大八洲軍も、敵に完全に囲まれた場所で上陸作戦を展開しようとは思わないだろう。
「だけど、イランといっても大雑把過ぎる。もっと絞り込む方法はあるの?」
クラウディアはアリスカンダルに問う。
「論理的な方法で、これ以上絞り込むのは無理だな」
「港だけでも何十とあるし、港から上陸してくるとも限らない。どうするつもりなの?」
「後は、晴政の趣味嗜好を利用するしかないだろう」
「……趣味嗜好?」
「ああ、そうだ。あの男は実に派手好きだ。地味な作戦など好まない。最も派手な作戦を立てるとしたら、君はどうする?」
「派手って言われてもよく分からないんだけど……イランで一番大きな港を取るとか?」
「ああ、そうだ。あの男ならば、最も大きな港を奪取して一気に勝負を決めようとするだろう。イランで最も規模の大きい港は知っているかな?」
「……バンダレ・ラディン?」
「流石は黒公だ。これは議論の余地はない。バンダレ・ラディンの港、そこに奴は攻めてくる」
「なるほどね」
アリスカンダルはこの推測に確信を持っている。イラン南海岸の中部に位置する港、バンダレ・ラディンこそが、枢軸軍が上陸しようとする場所であると。
「陛下、恐れながら、それは推論に推論を重ねた憶測に過ぎないのではありませんか?」
オーギュスタンは言った。確かに、ここまでに出てきた仮定の中で明確の根拠のあるものは一つもない。
「おや、貴殿は私に賛同してくれると思っていたのだが。ここまでの私の推測に、おかしなことでもあったかな?」
「一つ一つの仮定が最も妥当であったとしても、それを重ね続ければ、それが実現する可能性は低下していきます」
「確率論か。確かに、そうかもしれんな」
一つ一つの仮定が実現する可能性が8割であったとしても、3つ同時に実現する可能性は5割程度だ。
「とは言え、最も確率の高い可能性に賭けるのは、間違いではないのではないか?」
「賭け事ならばそうですが、一度しくじれば国家の存亡に関わる時に、その論理は通用しません」
「まあな。しかし、バンダレ・ラディンを取られれば我が国はお終いだが、それ以外ならまだ何とかなる。ならば、バンダレ・ラディンの防衛に全力を割くべきではないか?」
「私はガラティアの海運にはそう詳しくありませんから、何とも言えませんな」
「ならば、これ以上の討論は不要だ。バンダレ・ラディンに兵力を集中させ、敵を迎え撃つ」
かくしてアリスカンダルは、バンダレ・ラディンに枢軸軍が攻め込んでくる可能性に賭けることにした。
○
一方その頃。空母鳳翔の艦橋にて。
「晴政様、バンダレ・ラディンへの攻撃は、今一度お考え直しを。我らにとって危険が大き過ぎます」
片倉源十郎は、晴政に訴える。晴政はアリスカンダルの期待通り、バンダレ・ラディンへの上陸作戦を実行しようとしていたのだ。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず。危険だからこそ、その価値があるのだ」
「上陸に失敗すれば何の意味もありません」
「つまらぬ港の一つや二つを取ったところで意味はない」
「上陸さえしてしまえば、後は何とでもなります」
「二度手間ではないか。とっとと鬼石の輸送路を断つべきだ」
「……何としても、そのお気持ちは変わりませぬか」
「ああ。俺の考えは変わらぬ。バンダレ・ラディンを落とし、ガラティアの西と東を叩き切る!」
「兄者もこう言ってるんだ! やってやろうぜ、源十郎!」
成政も発破をかける。
「よくぞ言った、成政! ガラティア勢が何万いようが、この鳳翔ある限り、我らは負けぬ! ふはははは!!」
「……全力は尽くしましょう」
「源十郎、お前の力も頼りにしておるぞ」
「殿下、申し上げます! ゲルマニア艦隊がまもなく我らと合流するとのこと!」
「おお、来たか。新戦艦シャルンホルスト、この目で一度は見てみたかったのだ」
ソレイユ・ロワイヤルを撃沈したシャルンホルスト。この上陸作戦を援護すべく、地中海を抜けてやって来たのだ。ちなみに地中海を南東に抜ける海峡はガラティアの支配下にあるが、本土に戦力を集中させざるを得ないガラティアに対抗する力はなかった。
○
数時間後。シャルンホルスト率いるゲルマニア艦隊は大八洲艦隊と合流し、ここに枢軸国艦隊が三度編成された。晴政はシャルンホルストに興味津々であり、早速自ら乗り込むことにした。
突然艦内に現れ歩き回る鎧武者にゲルマニア兵達は驚いていたが、源十郎が事情を説明して面倒事を防いだ。そして一行は艦橋に向かう。
「――これは、もしや伊達陸奥守殿ですか?」
「いかにも。貴殿はネルソン提督とやらか?」
「はい。シャルンホルストの艦長を任せられました、ウィリアム・アーサー・ネルソンです」
「よろしく頼むぞ、ネルソン」
「ええ、こちらこそ」
晴政とネルソン提督を握手を交わす。東西の鋼鉄船が相見える歴史的な瞬間であった。