アリスカンダルの読み
ACU2315 8/15 崇高なるメフメト家の国家 ガラティア君侯国 カエサレア
「陛下、申し上げます! 大八洲の大艦隊、航空母艦鳳翔を伴い、南進しております!」
「ほう? 大八洲が動いたか」
大八洲艦隊はヴェステンラントが占領する邁生群嶋(地球で言うところのフィリピン)の西側を航行中であった。
「ふむ。となると、邁生群嶋の南部に上陸し、我が軍を挟み撃ちにするのが目的では?」
赤公オーギュスタンは言った。それが大抵の者が普通に考えて至る結論であろう。
「そう考えるのが妥当だな。しかし、今更邁生群嶋を奪うことに、大八洲に利があるのか?」
「我が軍の勢力圏を後退させることが出来ますが、所詮は一時的な占領地に過ぎない郡嶋を奪還したところで、大した打撃にはなりません」
「そうだな。あの豊臣晴政がそのようにつまらない策を講じるのか、或いは別の策略があるのか、見物であるな」
今更植民地の奪い合いを再開することに、どれほどの意味があるだろうか。そしてそんな地味な作戦を、あの関白が気に入るだろうか。答え合わせは数日後のことである。
○
「申し上げます! 大八洲艦隊、邁生群嶋を越え、更に南に移動しております!」
「やはりそう来たか」
アリスカンダルの期待通り、晴政は邁生群嶋など眼中にないようであった。
「オーギュスタン、どう見る?」
「これだけでは何とも言えませんが、少なくとも、邁生群嶋より南に攻め込むは、大八洲にとって益々利益がありません。補給を維持することも難しく、邁生群嶋のように領土を奪還する訳でもないのですから」
「なるほど。では、奴の狙いは東亞ではないということになるな」
「ふむ。では、陛下はどうお考えなのですか?」
「貴殿もわかっているだろう。奴の狙いは我が国、ガラティアだ。我が国を背後から直接突くのが狙いであろう」
「ふっ、同感です」
お互い不敵な笑みを浮かべ合うアリスカンダルとオーギュスタン。しかし他の者達は着いてこられないようであった。
「いくら何でも、大八洲からガラティアに直接乗り込むのは、距離が大き過ぎでは?」
白公クロエは問う。大八洲本土からガラティア本土まで至るには、大陸の南東部を大きく迂回しなければならない。それもヴェステンラント軍の勢力圏の中をだ。
「距離など大した問題ではなかろう。大昔から使われてきた交易路ではないか。それに、君達の艦隊に、鳳翔を阻止することは出来るのか?」
「それは不可能でしょうね。ですが、仮に上陸に成功したとしても、大八洲人は補給を持たせることが出来ないのでは? 彼らの海上戦力は鳳翔に頼り切りですから」
鳳翔は強大な切り札であるが、それを建造する為に一般的な安宅船の建造はおざなりとなり、大八洲水軍の数は大きく減少している。故に鳳翔を常に同伴させなければ安全な輸送は行えず、それは現実的ではない。
「それについては、見逃していることがあるぞ」
「……何でしょうか?」
「我が国の領土であれば、地中海から補給物資を届けることが可能だ。つまりゲルマニア海軍が補給を行うだろう」
大八洲から遥々輸送艦隊を送り込む必要はない。ゲルマニアから艦隊を送り出せばよいのだ。
「しかし、ゲルマニアにはそもそもエスペラニウムがないのでは?」
「ダキアなどから多少は採れる。補給物資としては、全く不足することはないだろう」
「なるほど。大八洲から直接乗り込むのは、非現実的ということもなさそうですね」
大八洲人にその気があるのならば、ガラティアに直接上陸を仕掛けるのは十分に現実的な策である。
「まあ、そういう訳だ。我が国に仕掛けてこないのならば、それはそれでよし。しかし、最悪の場合のことを考えておくことにしよう」
備えておいて何も起こらなかったのならば、それでよい。アリスカンダルは大八洲水軍がガラティア本土に強襲上陸を仕掛けて来ることを想定し、対応を練ることにした。
「しかし陛下、帝国は広大で、どこに上陸してくるかなど全く分からない」
黒公クラウディアは言った。ガラティア帝国は東部だけでも数百の港が存在し、どこに上陸して来るかなど皆目見当が付かない。
「それはどうかな? どこを攻撃されれば我々は窮地に立たされるのか。それを考えれば、自ずと答えは出る筈だ」
「それは…………エスペラニウム供給元を断つこと?」
「その可能性が高いだろうな。我が国のエスペラニウム供給はトリツに頼り切っている」
地球で言うところのインドの辺りであるが、トリツはエスペラニウムが世界的にも豊富な地域であり、広大なガラティア帝国においてもエスペラニウム産出量は全体の7割を占める。トリツこそがガラティア帝国軍の魔導戦力の源と言ってもいいだろう。
「つまり、トリツを攻撃しに来るということ?」
「いいや、それは違うだろうな。トリツは広大だ。その全域を制圧するのには、相当な時間と戦力が必要であろう」
「……じゃあ何?」
「最も効率的なのは、トリツから西方に物資を輸送する道を断つことでしょう」
オーギュスタンは言った。アリスカンダルも頷く。