絶滅戦争
「我が総統もお分かりになったでしょう。最早、枢軸国と連合国の間に妥協を見出すことは不可能です。我々は、どちらかが完全に壊滅するまで戦争を続けるしかないのです」
数日間の交渉で、ゲルマニアとガラティアの立場の隔たりは以前にも増して深くなっていることを、ゲルマニアの首脳部は痛感した。ザイス=インクヴァルト大将はヒンケル総統に、ここぞとばかりに総力戦の続行を訴える。
「うむ…………確かに、私にはこの戦争を終わらせる方法は思い付かない。だが、これ以上戦争を続けるなど、私には…………」
「我が総統、私も、これ以上若者を犠牲にするのは、とても心が痛みます。しかしながら、これはあくまで、未来の若者、今の子供達を守る為のやむを得ない犠牲なのです。一国の指導者であるのならば、最大多数の最大幸福を実現する為、非情な決定を下す必要もあります」
ザイス=インクヴァルト大将はまるで説教でもするように言った。
「大将閣下、我が総統に対する無礼な発言は許されませんよ」
その時、カルテンブルンナー全国指導者が随分と不快そうな声で口を挟んだ。
「私は我が総統を非難する気などない」
「今の発言が非難ではないと? 閣下の辞書には大変な誤植があるようです」
「カルテンブルンナー君、今は黙っていてくれ。ザイス=インクヴァルト大将の言葉は何も間違ってはいない」
「……我が総統のご命令とあらば」
カルテンブルンナー全国指導者はヒンケル総統の命令一つで黙り込んだ。
「さて……我が総統、どうかご決断を」
「まだ戦争を続けろと言うのか?」
「無論です」
「……ザウケル労働大臣、今一度確認するが、我が国はまだ総力戦に耐えられるのか?」
「戦後のことを何も気にせず戦争に全てを投じれば……可能です」
つまり、軍需産業と生活に最低限必要な産業以外の全てを破壊して、総力戦に国力の全てを投入するということだ。戦争が終わってしまえば、ゲルマニアの経済は瞬く間に破綻するだろう。
「ならばよいではありませんか。戦後のことなどどうとでもなります。金銭問題で滅んだ国家など古今東西どこにも存在しないのですから」
「……本気で言っているのか? 一体どれほどの失業者が生まれると思っているんだ?」
「では問いますが、何百万の民が失業するのと、何百万の民が戦死すること、我が総統はどちらの方が望ましいとお考えですか?」
「それは……」
ヒンケル総統は言葉に窮した。その問いに対する答えは前者に決まっているが、かと言って大量の失業者によってゲルマニア経済な壊滅することを見過ごす訳にもいかなかった。
「失礼。少々意地の悪いことを言ってしまいました。しかし、我が総統ならばお分かりの筈。我々に残された道は、総力戦の継続しかないと」
「…………ならば、問いたい。君はこの戦争をどうやって終わらせるつもりなんだ?」
「ガラティアが降伏するまで軍を進めるまでです」
「具体的に言ってくれ。さもなければ、私は軍部に賛成することは出来ない」
ゲルマニアは終わりの見えない戦争に突入しつつある。ヒンケル総統は底なし沼にこれ以上投資することだけは、どうしても許容出来なかった。しかしザイス=インクヴァルト大将に明確な答えがある訳もない。
「お言葉ですが、それが分かれば苦労はしません。ガラティア帝国にどれほどの持久力があるのか、我々が完璧に推し量ることなど出来ないのですから」
「それじゃあ困るんだ。せめて目標がなければ、戦争は続けられない」
「それは困りましたな」
議論は停止してしまった。万人が納得出来る結論など、誰も出せないのである。
「…………では、大八洲の手を借りるのはいかがでしょうか」
気まずい沈黙の中、リッベントロップ外務大臣は控えめに提案した。
「ふむ。具体的には?」
「大八洲にガラティアを東から攻めてもらえば、ガラティアも屈服するかもしれません。確実ではありませんが」
「なるほど。確かに、いい案かもしれないな。ザイス=インクヴァルト大将、どう思う?」
「作戦としては間違っていないかと。但し、現在のガラティア・大八洲の前線はガラティア本土より遥かに東にあり、大八洲が攻勢に出たとしても大した意味があるとは思えません」
唐土の過半を征服して大八洲本土の潮仙半嶋に攻め込んでいるガラティア軍。例え大八洲に防衛線を突破されても、本土に影響は及ばないのである。
「……なら、ダメじゃないか」
「いえ、これはあくまで、大八洲軍が地上から攻め込んだ場合の話です」
「海から攻め込んでもらうと?」
「その通りです、我が総統。大八洲軍は航空母艦鳳翔を擁し、非常に広範囲の制海権を握っています。よって、大八洲にはガラティア本土への上陸作戦と第二戦線の構築を要請するのがよいでしょう。また、それならば我が軍も協力することが出来ます」
「なるほど。それは名案だな」
枢軸軍の連合艦隊を以てガラティア帝国に上陸作戦を仕掛ける。ヒンケル総統はその作戦に大いに興味を持った。