アンキューラ総攻撃
「全軍に命じる。これより我が軍は、全戦力を投入し、総攻撃を仕掛ける。銃と梯子を持て!」
先行した部隊が城門の虎口で激しい戦闘を繰り広げる中、シグルズは更なる攻撃を決定した。
「全軍、突撃!!」
西門方向に布陣したゲルマニア軍30万は、総攻撃を開始した。城門は想像以上に堅固であり、最早あえて城門を狙う必要はない。城壁の西側全体に全戦力を投入するのだ。ガラティア軍が短弓で素早い射撃を行う中、ゲルマニア軍は雪崩のように城壁に押し寄せる。
「第65師団、ヴァイス師団長戦死!」
「同じく、第125師団ヴォルフ師団長戦死!」
稀に見る規模の総攻撃である。師団長、つまり少将以上の将校達も多数前線で指揮を執っている。そして生身で勇敢に兵士達を指揮する彼らにも、兵卒と変わらず損g内が出てしまった。
「近隣の師団に指揮権を移譲し、突撃を続けさせろ! ここで勢いを衰えさせる訳にはいかない!」
命令はただひたすらに前進である。指揮系統が多少崩壊しようと大きな問題はない。死体で舗装された道を兵士達は駆け抜け、城壁に辿り着いた。そして城壁に梯子を立てかけ、そこかしこから一斉に城壁に登る。
「クソッ! 来るなっ!!」
「貴様らこそ死ねっ!!」
単純な数では圧倒的に劣るガラティア軍。必死で梯子を蹴飛ばし、城壁の上に登ってきたゲルマニア兵を斬り伏せるが、数の暴力の前には流石に対応しかねた。ゲルマニア兵は取り回しのよい機関短銃を装備し、城壁の上という狭小な環境でも魔導兵とよく戦った。
城門にゲルマニア軍の侵入経路を限定することの出来なかったガラティア軍は、ゲルマニア軍が数の暴力に頼ることを許し、ついにアンキューラ市内への侵入を許してしまった。そしてアンキューラには、人々を守る盾はもうない。
○
「陛下! 申し上げます! 西側の城壁が突破され、およそ50万のゲルマニア軍が侵入しつつあります!!」
「持たなかったか。しかし、城壁が突破されたと言ったな。それは文字通りの意味か?」
アリスカンダルは特に慌てた様子もなく尋ねる。
「は、はい! 敵軍は城門を無視し、城壁を直接乗り越えて攻め寄せました!」
「それは少々想定外だな」
城攻めは城門を突破するもの、という固定観念に、アリスカンダルもとらわれていたようだ。
「アンキューラの城壁は、城壁としてはかなり低いものです。乗り越えようと思えば、確かに簡単に乗り越えられるかと」
赤公オーギュスタンは言った。ゲルマニア軍の砲撃に対応する為に城壁を低くした結果、普通に城壁を乗り越えられてしまうという、本末転倒なことになってしまった。敵の侵入を阻むという城壁本来の役目を果たせなかった訳である。
「そう言われてみると、確かにその通りだな。最早ゲルマニア軍を相手には、城壁というもの自体が通用せんのかもしれないな」
「そうかもしれませんな」
「それで、城内に侵入を許した訳だけど、どうする? 皆で玉砕する?」
黒公クラウディアは他人事のように尋ねた。彼女自身もそれで死ぬ対象に入っているのだが。
「どうしたものかな。ゲルマニア軍は後どれくらいでここに到達する?」
「現有の戦力で時間を稼いだとしても、丸一日持たせるのが限界かと。西門以外の守備兵を動かす訳には行きませんし」
城内の兵力を統率するクロエが答えた。アンキューラは現在も包囲されており、西からの敵に対応出来るのは2万程度の兵力だけである。
「そうか。しかし、敵軍が装甲車を城内に運び入れられないのだから、コホルス級の魔女を投入してもいいのではないか?」
ゲルマニア軍が対空機関砲を配備してからというもの、空を飛ぶことで防御力に劣るコホルス級の魔女は、ケントゥリア級の魔女に混じって地上から支援するしか仕事がなかった。だが今のゲルマニア軍には、対空機関砲を搭載した装甲車両はない。これは好機である。
「……確かに。すっかりそのことを忘れていました」
「おいおい、しっかりしてくれたまえよ」
「不覚でした。しかし、コホルス級の魔女を投入したとしても、この数のゲルマニア軍を撃退するのは流石に無理です」
「それは承知している。その場合、どれだけ時間が稼げそうか?」
「あまり正確には見積もれませんが、3日くらいは持つのではないでしょうか」
「それだけ時間があれば十分だ」
「何をするおつもりで?」
「脱出だ。アンキューラは捨てる」
「ここは政治的に非常に重要な都市。失うことは帝国に大きな打撃をもたらすと思われますが、よろしいのですか?」
オーギュスタンは尋ねる。帝国において一二を争う権威を持つアンキューラが落とされれば、いよいよ諸民族の反乱が起こるかもしれない。
「彼らは、私に忠誠を誓ってくれた。それを信じ、後退する」
「その先はいかがするおつもりで?」
「更に東方の都市、カエサレアに司令部を移す。貴殿らも着いてきてくれるな?」
「陛下がそうされるのなら、無論です」
帝都と旧都を失うことは、ガラティア帝国の権勢に大きな影を落とすだろう。だが、アリスカンダルはそれでも、戦い続けることに迷いはなかった。