攻城戦Ⅲ
「陛下! 一大事にございます! 敵勢が堀を埋め立て、突撃してきております!!」
シグルズの作戦はようやくアリスカンダル達の知るところとなった。
「何だと? シグルズ君が魔法でも使ったのか?」
「い、いえ、埋め立てたと言いますか、敵の装甲車が橋のようになっております!」
「なるほど……。装甲車で埋め立てたという訳か。面白い」
「ど、どうされましょうか!?」
アンキューラを取り囲む空堀は、この城塞の最大の防御であった。それが無力化されれば、防御力は一気に低下することだろう。アリスカンダルとてそれは分かっている。
「案ずるな。速やかに予備兵力を西門に集めよ。虎口にて敵を迎え撃つ」
「はっ!」
アリスカンダルはなおも余裕そうである。
「アンキューラの城壁は一枚だけ。本当に防げるのですか?」
オーギュスタンは尋ねる。深く広い空堀という最大の特長を失えば、アンキューラはそう堅牢な都市ではない。
「確かに、長らく平和そのものであったアンキューラは、市街地拡張に応じて城壁を取り払ってしまった。だが、ここが攻め込まれる可能性を忘れた訳ではない。城門は可能な限り堅固に改築してあるとも」
「些か中途半端であると、言わざるを得ませんね」
「まあな。後は天運に任せるしかない」
アンキューラを守る城門は一重。これを突破されれば市街戦で抵抗するほかなくなるだろう。
○
「門を打ち破れ!! 進め!!」
装甲車の上を駆け抜け、城門に攻め寄せるゲルマニア軍。城門の上から攻撃する魔導兵に突撃銃で牽制射撃を行いつつ、爆弾を城門に取り付ける。
「取り付け完了! 爆破します!!」
「みんな、下がれ!!」
城門を素早く爆破。突破口を形成することに成功した。
「突っ込めっ!! ここを突破すれば勝ちだ!!」
「「「おう!!!」」」
ゲルマニア兵らは一斉に城門に雪崩れ込む。だが、彼らの突進は予想外のものに阻まれることになった。
「城壁!?」
「いや、左に道があるぞ!!」
城門の先には一辺の長さが20パッススほどの箱型の空間があった。壁は城壁と同じ造りであり、その左前方に新たな城門があった。大八州式の升型虎口というものだ。そしてその目的は――
「城門が二つ……いや、これは……!」
「構えっ!!」
その時、頭上からけたたましいほどの号令が聞こえた。すると数百のゲルマニア兵らを囲む壁の上から、千人を超える魔導兵が現れた。そして彼らは眼下のゲルマニア兵に弓を引いた。
「クッソ……」
「放てっ!!」
たちまち放たれる大量の矢。ゲルマニア兵はたちまち矢に貫かれ、死体と負傷兵があちらこちらに転がった。
「城門を突破するのは諦めろ! この壁を乗り越えるんだ!!」
「「「おう!!!」」」
このような射撃に晒されて入れは城門の爆破など不可能。よってゲルマニア軍はその場で作戦を切り替え、壁をよじ登ることにした。攻城用の梯子を城壁に立てかけ、下から銃撃を行いつつ、兵士達は全速力で駆け上る。幸いにして城壁が低いお陰で、登ること自体は大変ではない。
しかしガラティア兵は、ゲルマニア兵が城壁の上に登った途端に斬り込んで刺し殺し、これ見よがしと死体を投げ捨て、梯子も突き飛ばした。白兵戦に弱いゲルマニア軍の弱点が露見した形となった。
ゲルマニア兵はなおも押し寄せ、油断して壁から体を出したガラティア兵を撃ち抜く。この小さな空間は、この戦争でも稀に見る熾烈な戦場となった。
○
「シグルズ様、最前線は大変なことになっています!!」
混乱する戦況をいち早く掴んだのはヴェロニカである。ヴェロニカは城門の少し奥で行われている戦闘について、シグルズらに報告した。
「どうして勝手に作戦を変えるんだ……何か僕に言ってくれたらよかったのに」
「指揮系統は未だ盤石ではないということだな。まあ、戦場で全てを完璧に把握し支配するのはまず不可能だが」
「……まあいい。起こってしまったことはどうにもならない」
アンキューラ攻略軍の総司令官という立場で迂闊に最前線に出る訳にもいかず、現場の指揮は最前線の師団長や大隊長に任さざるを得ない。だが、その上での情報共有には問題がありそうだ。
「それで、どうするのだ、師団長殿。升型虎口となると、防御は相当に堅牢だぞ」
「君は大八州の城に詳しいのか?」
「実際に見たことはないが、色々な書物に記載があるぞ」
「そうか……」
東方と西方、二つの文明の狭間にあるガラティア帝国は、双方の影響を受けている。これまでは遭遇したのは全て西方風の要塞であったが、アンキューラは見た目こそ西方風だが、城門周辺の設計は東方の思想を採用しているようだ。つまりシグルズは今、大八州と戦っているも同然なのである。
「どうすればいい? 弱点は?」
「弱点は、まあ基本的にはないな。最強の城門と言っていいだろう」
「じゃあどうすれば落とせるんだ」
「圧倒的な物量で押し込むしかない。だが、このアンキューラだけならば、我が軍の大砲に備えて城壁が低く造られているのが欠点となる。城門に限らず、どこからでも城壁によじ登ることが可能だ」
「結局は数で押し切れということか?」
「城攻めは寄せ手が不利に決まっているだろう。そうするしかあるまい」
「……分かった」
奇策を弄して一夜で城を落とすなど、望むべきではない。それは神話や伝説の中だけの話である。