第二の帝都アンキューラ
ACU2314 7/23 ガラティア君侯国 アンキューラ
ゲルマニア軍は砂塵に阻まれ、或いは現地調達出来る物資の乏しさに阻まれ、進軍は遅れていた。その間にアンキューラは防備を整えることが出来、ここでゲルマニア軍を撃退する構えであった。
「あれがアンキューラかあ……。ビュザンティオン並に堅そうだ」
一番乗りにアンキューラを視界に収めたシグルズは、その外観を双眼着で見渡していた。アンキューラは大昔にこの辺りが戦国時代の様相を呈していた頃の名残で円形の城壁に囲まれた、典型的な城塞都市である。しかしその城壁はゲルマニア軍に対応して低く厚く造り直されているようで、更にその外側には広く深い空堀が張り巡らされている。
「堀と壁、典型的な要塞だな」
「ああ。時代錯誤甚だしい筈なんだが、僕達にとっても脅威だ」
戦車や装甲車にとって、ある程度以上に深い堀は大敵である。戦車の走破性は普通の乗用車と比べれば高いが、意図的に作られた障害物を相手にしては分が悪い。戦車の勢いで強行突破するのは不可能である。
「どうする? 師団長殿。この場の指揮権は師団長殿が握っているのだろう?」
「ああ、そうだけど……こういう古典的な要塞は弱点が少なくて面倒なんだ」
中将に昇進しているシグルズは、アンキューラ攻略軍の指揮を任されている。まあ帝都から遥か離れた前線を指揮するのも現実的ではないから、特段おかしな話ではないが。
「取り敢えずは後続部隊の到着を待つが……どうしようかな」
シグルズはアンキューラ西側に陣地を構築させ、長期戦にも耐え得る用意を整えた。アンキューラ攻略軍60万ほどが数箇所に別れて布陣し、アンキューラから見れない視界の端から端までゲルマニア軍で埋め尽くされているように見えるだろう。
そして第88機甲旅団の司令部は、このアンキューラ攻略軍の司令部となった。
「さて、諸君。第88機甲旅団長、ハーゲンブルク中将だ。早速だが作戦会議を始めようと思う」
今日はシグルズが仕切る側である。師団長達を相手に上座に座っているのは不思議な気分であった。
「では、何か提案のある者はいるか? 何でも言ってくれ」
「それでは、いいでしょうか?」
「ああ、どうぞ」
「市街地を砲撃し、敵を降伏させるのはいかがでしょうか。我が軍は犠牲を出さずに済みます」
「……ダメだ。その為に罪のない人々を巻き込む訳にはいかない」
「民間人の犠牲くらい、仕方のないことではありませんか?」
「少なくとも、こちらから積極的に殺しに行った場合、それは単なる虐殺だ。却下する」
戦争で民間人に死者が出ない筈はないが、それを理由に民間人を積極的に殺していい筈がない。それではシグルズが転生しても憎むアメリカ軍と同じになってしまう。
「しかし、戦車では城門に近寄ることも出来ないのですよね……」
「近寄ることは出来るだろう。城壁を射程に収める程度ならばな」
「そうなのですか」
「ああ。だが、直接城に突入するのは歩兵だけだ。生身の歩兵に、矢が降り注ぐ戦場を走らせないといけない」
結局、選択肢はそう多くはない。車両が近付けない以上、歩兵の肉弾を以て城門を突破するしか、アンキューラを落とす手段はないのである。
「では、城門の向こうに直接兵士を送り込むというのは?」
「ゲルマニア軍で空を飛べる人間が何人いると思っているんだ?」
「我が軍には航空機があります。これを使えないかと思いまして」
「爆撃機で兵士を送り込むと?」
「はい。どうでしょうか……?」
「全く無謀なこともないが……技術的な障壁が大きい。ライラ所長に検討してもらう」
空挺部隊で敵の後方に直接降り立ち撹乱するというのは、近現代においてはよくある作戦である。しかし兵士の為の落下傘や、兵士を降下させる為の飛行機もない以上、今すぐ実行するのは難しい。
「中将閣下、やはり堀に架橋することを試みるべきでは?」
「まあ、それが出来れば理想だが……いや、ちゃんと試してみるべきだな。一番犠牲が小さく済む。これが第一だと思うが、異論はないな?」
堀に橋を駆け、一気呵成に城内に突入する。成功すれば敵にも味方にも犠牲が一番少なく済む方法だ。シグルズはまずこれを試すことにした。
「戦車隊、前進せよ! 可能な限り距離を詰めるんだ!」
アンキューラを包囲させると、シグルズは今度は第88機甲旅団を率いて進軍を始めさせた。ここで最も有力な機甲戦力は第88機甲旅団であり、シグルズが前線に出るのも驚くことではない。
第88機甲旅団を中核とする戦車隊は堀の十数パッスス手前まで前進する。
「戦車隊、撃ち方始め! 城壁を吹き飛ばしてやれ!」
「シグルズ様、敵軍の射撃です!」
戦車隊が徹甲弾と榴弾で攻撃を開始すると同時に、ガラティア軍も城壁の上から弓矢による攻撃を開始した。戦車にはそうそう効かないが、矢の豪雨が降りしきる。
「こ、これで外に出るんですか……?」
「もう少し城兵を黙らせてからだ。戦車隊、砲撃の勢いを緩めるな! 撃ちまくれ!」
これで敵兵が引っ込んでくれればいいのだが、ゲルマニア軍に対抗して造られたアンキューラの城壁はやはり、想像以上に堅固であった。