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ガラティア帝国の紐帯Ⅱ

 ACU2314 6/26 メフメト家の崇高なる国家 ガラティア君侯国 アンキューラ


 帝都ビュザンティオンから東に200キロパッススほど。ガラティア君侯国のかつての都、アンキューラ。今なお帝国第二の都市として栄えるこの都市に、アリスカンダルは宮廷を移していた。事実上の遷都である。もちろんヴェステンラント軍の面々も一緒に移動してきている。


「ビュザンティオンの様子はどうだ?」


 アリスカンダルは早速会議を始める。


「ゲルマニアはビュザンティオンに大量の食糧を運び込んでいるようです。恐らくはビュザンティオン市民に向けてのものかと」

「ほう。そんな余裕があるのか。しかし、ビュザンティオンが抱える人口を支えられるだけの小麦をゲルマニアが用意出来るものか?」

「ダキアやルシタニアから食糧を搔き集めれば、不可能なことはありますまい」


 赤公オーギュスタンは答えた。


「なるほど。だが、どうしてゲルマニアは、わざわざ我が臣民を生かそうとするんだ?」

「人々への懐柔策でしょう。ゲルマニアが攻め込んで来ても生活が脅かされないと知れば、臣民はゲルマニアに協力的になるかもしれません」

「まあ、一般市民が抵抗しようが協力しようが、大した変化はあるまい」

「はい。それどころか、膨大な人口を支える食糧を輸送するのに、ゲルマニア軍の補給網は圧迫されることでしょう」

「となれば、これ以上の進攻は困難になるか。好都合ではないか」

「その通りです。アンキューラには鉄道も通っておりません。ゲルマニア軍の行軍は非常に困難になるかと」


 長年のゲルマニア・ガラティアの交流で、ビュザンティオンまでは鉄道が通っている。これがゲルマニア軍の迅速な行動を支えていた訳だが、それより東に鉄道はない。ゲルマニア軍はビュザンティオンまでの補給を圧迫され、かつそこからは鉄道に頼ることすら出来なくなる。


 帝都を失ったのは非常な痛手であるが、ガラティアにとって状況は優位である。


「それでは、我々はここの防備を固めて備えるのがよいだろう。特別なことは必要ない」

「陛下、北から攻めて来る敵は大丈夫なのですか?」


 クロエは問う。ガラティア君侯国の北部――地球ではコーカサスと呼ばれる地域にも戦線がある。ここからゲルマニア軍が攻め込んできたら、アンキューラが戦略的な挟撃を受ける可能性があるのだ。


「クロエ、それについては心配する必要はない」


 オーギュスタンが答える。


「何故です?」

「あの辺りは、ただでさえ辺境であるダキアの更に辺境だ。鉄道が通っていないどころか、マトモな道路すら存在しない。ゲルマニア軍が攻勢に出るのは不可能だ」


 要は補給の問題である。ゲルマニア軍には、ビュザンティオンを下した主力部隊以外を積極的に動かす余力はない。よって連合国軍は西部戦線に戦力を集中させればよい。


「なるほど」

「陛下、パルミラ、イラン、ヒムヤルから使者が参っております!」

「使者? 連れてこい」


 突然の使者。いずれもガラティアの同君連合に巻き込まれた、アリスカンダルによって征服された国々である。アリスカンダルは早速彼らと面会することにした。


「――それで、君達が何の用だ?」

「はっ。我ら帝国臣民一同、陛下に改めて忠誠を違うべく、血判状を用意し、陛下に奉りに参りました」

「血判状、か。見せよ」


 手渡された紙には各国政府の大臣や武将らの血の捺印が無数に並んでいた。アリスカンダルに対する忠誠を血で示すものである。


「ちょっと気持ち悪いんだが……何故に、このようなものを?」

「帝国は今、大きな危機の中にあります。陛下が後顧の憂いを気にせず存分に戦えるよう、我らは改めて忠誠をお誓い申し上げます」

「反乱をする気はない、ということか」

「ま、まあ……」

「よかろう。その気持ち、しかと受け取った。感謝するぞ。皆にもそう伝えよ」

「はっ!」


 実際的な効力がある訳ではないが、自らの血を以て誓いを立てるというのは、この世界においては強い意味を持つ。


「――それが本心ならば、反乱を恐れずに戦うことが出来ますな」


 オーギュスタンは言った。ガラティアも反乱の可能性は常に警戒しており、後方地帯に少なからぬ兵力を常に配置している。


「ああ。このようなものを差し出してくれたからには、こちらも警戒を解くことで、信頼の証としよう」

「しかし、それが罠だという可能性は?」

「君達ヴェステンラント人のような恩知らずの民族とは違い、我々は契約を破ることを恥と思うのだよ」

「これは手厳しい」


 ヴェステンラント合州国など所詮は賊軍の徒党。精神的な文化は全く成熟を見ていない。


「しかし、どうして皆は、私などにわざわざ忠誠を誓ってくれるのだ?」


 アリスカンダルは征服者であって、これほどに忠誠を向けられる理由が分からなかった。


「陛下がここ十年ほどで、帝国を大いに豊かにしてきたからでしょう。民衆が求めるのは結局、物質的な豊かさです」

「なるほど。確かに、中東に安定はもたらしたな。後は普通に政治をしていただけだが」


 征服者とは言え、戦乱の絶えない地域に平和をもたらしたのもまた事実。ガラティア帝国臣民のアリスカンダルに対する忠誠心は、彼自身が思っていたより大きかった。

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