海峡制圧
「シグルズ様! 援軍が来ました!」
「ネルソン提督もなかなか無茶をするな……。よし。数の有利を得た。全軍で敵陣を制圧するぞ!」
シャルンホルスト守備隊は総勢4千ほど。既に上陸している部隊と合わせて都合7千。連合国軍の守る山々に一斉に攻勢を仕掛ける。
「ハーケンブルク中将、無事かい?」
「ベアトリクスか。僕は無事だ」
援軍には水の魔女ベアトリクスも加わっている。
「それはよかった」
「君も戦闘に加わってくれるな?」
「もちろん」
「よし。なら右翼を頼む。接近戦は得意だろう?」
「任されたよ」
ベアトリクスも参戦し、卓越した白兵戦術で敵を返り討ちにする。かくして枢軸軍は、圧倒的な勢いで山を駆け上った。と、その時であった。
「シグルズ様、山頂に何かあります」
「ん? あれは……白旗か」
山に閉じ込められたガラティア軍は、ついに降伏せざるを得なくなった。彼らは山々の各所に白旗を掲げ、降伏の意を示したのである。
「なら、全軍即座に戦闘を中止せよ! そしてヴェロニカ、敵の指揮官と通信を取ってくれ」
「了解です!」
敵軍の守備隊は正式に降伏。かくして、海峡の左岸、細い半島部分をゲルマニア軍が制圧した。
○
「申し上げます! マルマロス海峡左岸、敵軍に制圧されました!」
守備隊敗北の報せはすぐに帝都ビュザンティオンに届いた。
「この帝都のすぐ下じゃないですか。大丈夫なんですか?」
クロエは問う。確かにゲルマニア軍が制圧した半島は、ビュザンティオンのすぐ南に地続きになっている。
「心配することはない。ビュザンティオンの主城壁はそちら側にも延びている」
アリスカンダルは答えた。ビュザンティオン市街地を直接取り囲む城壁は、僅かな隙もない。依然としてビュザンティオンの防衛体制は綻んでいない。
「つまり、城壁一枚しかないということでよね?」
「そうだが、何か問題があるかな?」
「ゲルマニア軍相手に城壁は分が悪いのでは?」
ゲルマニア軍の火力はこの世界では飛び抜けたものである。巨大な構造物ほどあっという間に破壊されてしまうだろう。が、アリスカンダルはそれも想定済みである。
「無論、そのことは、君達とゲルマニアの戦争を視察し、よく分かっている。故にビュザンティオンの城壁は、低く厚く改良してある。ゲルマニアのいかなる砲弾が直撃しようと、これを破壊することは不可能だ」
「しかし、それでは市内が撃たれ放題なのでは?」
「多少撃たれたところで問題はあるまい。それに、我が軍の主力は城壁沿いか城壁の外にある。市内を砲撃することは、単なる民間人の虐殺に等しい。ゲルマニアが、彼らにとって不利益しかない行動を取るとは思えんな」
まずビュザンティオン市内に基地や駐屯地がない以上、軍事的な意味がない。そして民間人を積極的に虐殺することは、ゲルマニアの国威を貶め、連合国を益々結束させることにしかならない。故にゲルマニアがビュザンティオンを直接攻撃することはあり得ないのだ。
「なるほど」
「しかし陛下、片側だけとは言え、海峡の側面が敵の手に落ちた以上、閉塞船が破壊されるのは時間の問題かと」
赤公オーギュスタンは言った。
「まだ右岸は残っている。ゲルマニア軍にそんなことはさせん」
「既に右岸は全て、シャルンホルストの主砲の的です。ゲルマニア軍に有効な反撃ができるかは、怪しいものです」
「我が軍の砲台は、結局ゲルマニア軍の攻撃を耐え抜いている。そう悲観するのはよくないぞ」
「陛下のお言葉を信じましょう」
オーギュスタンの懸念は妥当だが、アリスカンダルの自信も十分な裏付けを持っていた。半地下の陣地はシャルンホルストの砲撃を最後まで耐え抜き、歩兵による肉薄攻撃で占領された。まだまだ連合軍は負けていない。
○
その翌日のこと。
「ガラティア軍の砲撃です! 工作船が轟沈!」
「クッ……やはり、右岸も占領しないとダメか」
ネルソン提督は右岸に徹底的な砲撃を行った後、閉塞船の破壊工作を進めようとしたが、海峡右岸からの砲撃により工作船はあっさり撃沈されてしまった。
「では再度、上陸作戦を行いますか?」
シグルズは尋ねた。現下の大問題を解決する唯一の手段は、海峡の両岸を完全に枢軸軍の支配下とし、安全を確保することである。
「……それは賛成出来ないな。敵の増援はほとんどない左岸とは違い、右岸は敵の本土そのものだ。いくらでも増援はやってくる」
ほんの小さな半島のようになっている左岸とは違い、右岸の先はガラティア君侯国本土である。そう簡単に上陸が成功するとは思えない。
「では、ここに陣を張って敵軍の牽制に専念しますか」
「それも悪くはないが……君の苦労に見合わないとは思わないか?」
「ええ、まあ。あれだけ苦労した成果が、多少の敵を正面から引き抜けることだけというのは、残念ではありますね」
「そうか。何かこの勝利を有効に使う必要はないのか?」
「そう仰ると思いまして、一つ作戦がありますよ」
「何でもいい。聞かせてくれ」
シグルズは散々勿体ぶるくらいには派手な作戦を思い付いていた。