ヴラド公の最後
「こんなところでこんな大量の毒ガス弾を使うとは、環境汚染とか考えなかったんですか?」
シグルズはカルテンブルンナー全国指導者に苦言を呈した。
「環境? ワラキアのような野蛮人の土地がいくら汚れようと、知ったことではありません」
「誰が住んでいようと土地に野蛮も何もないと思いますが」
「それは考え方次第ですね」
暫くこの辺りには誰も住めなくなる程の毒ガス弾を撃ちまくり、ワラキア軍を完封したゲルマニア軍。彼らはゆっくりと死に絶える、筈だった。
「閣下! 敵が突っ込んできます!!」
「何? あれほどの毒を食らって動けるのか……。実に面白いではありませんか」
「ええ、そうですね」
ワラキア軍は馬を失いながらも、その身一つに剣と弓を携え、一心不乱に突進する。彼らが健気に放つ矢は、戦車には全く通用しない。
「盾を失ったのか。ならば大したことはない。戦車砲、弾種、榴弾に切り替え。機関銃撃ち方始め」
カルテンブルンナー全国指導者は無情にも総攻撃を命じる。盾を失い馬を失った魔導兵は、榴弾に軽々吹き飛ばされ、無数の機関銃弾に魔導装甲を破壊される。みるみるうちに敵兵の数は減っていった。
「まるで虐殺ですね」
「我らに抗う愚者には、このくらいの最期がお似合いでしょう」
「いつになく性格が悪いですね」
「当然のことです」
カルテンブルンナー全国指導者の娘への溺愛具合は総統なものである。ヒルデグント大佐を傷付けられた彼が、ワラキア軍に情け容赦をかける訳がないのであった。
「しかし、どうやら死ぬ気はない男がいるようですよ」
「ん? なるほど……」
死にゆく兵士達の中で全く怯まず走り続ける男が一人。間違いなく、あれこそがヴラド公であろう。無限の魔法は健在であり、銃弾も砲弾も彼には通用しない。
「どうするつもりですか? あの男に対処しないと大変なことになりますよ?」
まあシグルズとてヴラド公と相対するのはこれが初めてなのだが。
「無論、作戦はありますとも。今暫くお待ちください」
「こちらに引き込むつもりですか?」
「ええ、そういうことです」
兵士はほとんど死に絶え、ほんの数十の供回りと突撃するヴラド公。適当に攻撃させつつ、カルテンブルンナー全国指導者は彼を戦車隊の内側に引き込んだ。
「敵軍、我が陣形に突入しました!」
「よろしい。迫撃砲で攻撃しろ」
「はっ!」
戦車に斬りかかり手当たり次第に破壊して回るヴラド公と魔導兵達。しかしその頭上から、数百の弾頭が降り注ぎ、小さな爆発をそこら中で起こした。途端に敵兵は苦しみ始め、次々と地面に倒れ伏せた。
「また毒ガスですか」
「ええ。戦車隊は事前に防毒装備を着けさせています。そして、これほどの毒に生身で侵されれば、生きていられる人間はいません」
「悪趣味ですね」
「我が総統に弓引く不届き者に、騎士道精神など必要ありません」
「なるほど」
魔導兵達は次々と死んでいった。そしてヴラド公も、毒ガスを飛ばし切れなくなり、血反吐を吐いて倒れた。
○
「このようなものに、私が……」
剣を杖のようにして、それでも体を支えきれずに跪くヴラド公。既に彼の家臣達は、一人として残らず倒れた。辺りに充満した化学兵器は彼の肉体を蝕み続けている。
「ならば……せめて、最期に一矢報いてやらねば――っ!?」
その時だった。突如としてヴラド公の右腕が掴まれ、彼の体は腕ごと宙に引っ張られ、実に不格好で空に浮かんでいた。ヴラド公は右腕の先を見るが、そこには誰もいなかった。透明人間に空中で引っ張り回されているようだ。
「体を透明にする魔法か。一体どこのどいつだ?」
ゲルマニア軍から随分と距離を取ったところで、姿の見えない存在にヴラド公は問いかける。返ってきたのは少女の声。
「ご無礼を致しました。私は白公クロエ様が家臣、マキナ・ツー・ブランと申します」
ようやく姿を見せたのは、戦場には全く場違いなメイド服を着た少女であった。
「なるほど。クロエ殿の側近だとは聞いていたが、そのような魔法が使えるとは」
「ええ。あまり言いふらさないで頂きたいですが」
「無論。それで、君は何がしたいんだ?」
「我が主クロエ様とアリスカンダル陛下の命を受け、あなたを助け出しに来ました」
「助けるだと? 私は助けなど求めてはおらぬ」
「どうせ戦場で死にたがるとのことで、死ぬ前に無理やり引きずり出せとのご命令です」
「つまらぬことを。我々は最早負けたのだ。ここで死ぬ他に道はなし」
ヴラド公は戦って死ぬつもりであった。助かったところで、彼はもう国を守ることは出来ない。
「あなたは古今東西でも稀に見る逸材です。連合国の為にその才能を使っていただきます」
「連合国、か。そのような空虚なものに、私が手を貸せと?」
「であれば、ガラティアに対してでも結構です。ワラキア公国を取り戻す為に、我々に手を貸して頂きたい」
「国を捨てて逃げろというのか?」
「最終的な勝利を掴む為です。未来永劫ワラキアがゲルマニアの植民地になってよいのなら、ここで死んで下さって結構ですが」
「……好きにするといい」
ヴラド公はマキナに連れ去られ、ワラキア軍の組織的な抵抗は終了した。