魔女達の戦い
「奴を殺せ!!」
一段高いところから戦場を見下ろすアリスカンダルに気付いたゲルマニア兵は、直ちに彼に向けて銃弾を放った。
「陛下、下がって」
「うむ」
とは言いつつ、アリスカンダルは特に下がる気もない。クラウディアも特に下がらせる気はなく、二人と周辺の人々を囲い込むように氷の壁を作った。戦車砲の直撃すら防ぐ氷の城壁は、歩兵の銃程度ではかすり傷しか付かない。ゲルマニア兵は何十人かで全力で射撃を行うが、氷が少々濁っただけであった。
「ああ、これでは戦場がよく見えないではないか」
「……そんなこと、どうでもいい」
「……まあよい。おや、敵が来たぞ」
「え?」
氷の壁はあくまで壁であって、上からの侵入を防ぐようには出来ていない。そこに二人の人間が飛び込んで来た。アリスカンダルは、そこまで出来るゲルマニアの魔女に、ちょうど二人心当たりがある。
「やあ、シグルズ君じゃないな。こうして出会うのは久しぶりだな」
床に降り立ち銃を向けるシグルズに、アリスカンダルはゆったりと座ったまま、親しげに話しかけた。
「ええ、陛下。以前は何度もお世話になりましたが、こうして銃を向けること、お許しください」
「昨日の味方は今日の敵。何も恥じることではない」
「……ありがとうございます。では遠慮なく殺させて頂きます」
「おっと、そうはさせないよ」
二人の間にクラウディアが立ち塞がる。
「僕の相手はやはり君か」
「レギオー級の相手がレギオー級でないのは不公平」
「では、私のお相手はそこの君かな? 確かベアトリクスとか言う」
「降伏しないのならば殺すけど、それでいいのかな?」
「ほう。氷の剣か」
ベアトリクスはアリスカンダルを何の容赦もなく殺すつもりである。
「ちょっ、陛下、私が相手をするから」
「二対一とは感心しないな。私は彼女と戦おう」
「今は本当にふざけないで――」
「ならば、喜んで!」
ベアトリクスはアリスカンダルの挑戦を受け、直ちに氷の剣で胸を切り裂こうと突進する。クラウディアはそれを止めようとしたが、シグルズの銃撃に阻まれる。絶体絶命かと思われたが、アリスカンダルは目にも留まらぬ速さで剣を抜き、ベアトリクスの氷の剣を受け止めた。
「皇帝陛下なんてすぐ殺せると思ってたけど、意外とやるね」
「私自身も強くなければ、王は務まらんよ」
「なるほど」
ベアトリクスは何度も斬りつけるが、アリスカンダルは悠々と受け止める。剣の腕ではアリスカンダルが上回っているようであった。
「ならば、こうさせてもらうよ」
ベアトリクスは飛び退いて、自身の周囲にツララのような鋭くとがった氷の塊を複数作り出した。
「それで私を貫こうと言うのか」
「少々ズルをした気分だけどね」
そう言いながら、ベアトリクスは容赦なく氷の弾丸を一斉に投げ飛ばした。普通なら魔導装甲には歯も立たない筈の氷だが、一度溶けて鎧の中で再び固まるベアトリクスの魔法によって、アリスカンダルの腹と胸に何本かの氷柱が突き刺さった。
「へ、陛下!!」
「何、この程度、どうということもない」
「んなっ」
アリスカンダルは体に突き刺さった氷を切り落とすと、鎧を脱ぎ捨て体内に刺さった氷も取り除いた。そしてその傷口は、すぐに塞がってしまった。
「そんな魔法が使えるなんてね」
「かつて教会が作った奇蹟の一つだ。もっとも、その教会は滅んでしまったがね」
教皇やヴラド公のような普通の人間でも強大な魔法を使えるようになるという、教会が生み出したエスペラニウム。その一つをアリスカンダルも所有しているらしい。
「……その話は聞いている。しかし、あなたはそのようなものを持っているようには見えない」
「別に聖遺物が剣の形をしているとは限るまい」
「なるほど。それは大変だ」
教皇もヴラド公も剣の形をしたエスペラニウムを持っていたが、アリスカンダルはそうではないらしい。しかも、鎧すら脱ぎ捨てている今、どこにあるのかなど見当も付かない。
「あれか。体の中に埋め込んでいるのかな?」
「さて、どうかな?」
「……」
かつての青の魔女シャルロットのように体内に仕込んでいるのならば、手の付けようがない。攻撃して奇跡的にエスペラニウムを突かない限り、逆に斬り殺されるだけだ。魔法を除けばアリスカンダルの方が戦士として格上であり、ベアトリクスはアリスカンダルに手が出せなかった。
「ハーケンブルク中将、どうやら敵は、予想以上に強いようだよ。どうする?」
「確かに、殺し切れる気はしないな」
相手は絶対的な防御力を誇る黒の魔女と半不死の皇帝。決して負けることはないが、その命を絶てるとも思えない。
「シグルズ、お仲間も押さ返されているし、そろそろ諦めた方が賢明だと思うけど?」
クラウディアは三度目の提案をした。確かに、シグルズとベアトリクスの存在は、その実際の戦力以上に兵を勢い付けていたらしい。一時はソレイユ・ロワイヤルを落とそうとしていた枢軸勢も、防戦一方になりつつある。
「諦めるって言ってもね。どうせよと言うんだ?」
「白紙講和をしよう。ソレイユ・ロワイヤルから君達は兵を退き、私達はこの海域から撤退する」
クラウディアは和議を提案した。しかしそれは、連合国にも枢軸国にもにわかには受け入れ難いものである。