シャルンホルストの反撃
「殿下、戦況は停滞しております。シャルンホルストの防衛線は、予想以上に強固なものでした……」
ソレイユ・ロワイヤルに戻ったクラウディアに、早速悪い報告が入った。
「2千の兵力で攻め込んでも落とせないか……。戦訓を溜め込んだゲルマニア軍を舐めていた」
「随分と苦戦しているようではないか」
アリスカンダルは相変わらず傍観者のような口振りであり、自国の存立がこの戦いにかかっているという意識はまるで感じられなかった。
「……はい。私達はかなり苦戦している。もう地上戦力のほとんどを投入したけど、突破出来ていない」
「移乗攻撃でシャルンホルストを制圧出来なければ、勝ち目はないのか？」
「砲撃ではシャルンホルストの副砲を潰すしか出来ない。船体を破壊出来ない以上、撃沈は不可能」
「それは困ったな。とは言え、我々の目的は地中海に連中が侵入することを防ぐことだ。撃沈する必要もないのではないか？」
「……確かに」
海戦の勝利条件は相手の撃沈もしくは制圧しかないと、クラウディアは思っていたが、武装を無力化してしまえばシャルンホルストは撤退せざるを得なくなる。いずれ再び攻め込んでくるとは思われるが、暫くの時間稼ぎにはなるだろう。今回の海戦の経緯からして、それは勝利と言えるだろう。
「では、右舷の副砲を片っ端から破壊して、兵を順次撤退させる」
「懸命な判断だと思うぞ」
シャルンホルストの右舷はゲルマニア兵が後退したお陰で魔導兵の制圧下にある。クラウディアの命令で、魔女達が副砲を内側から完全に破壊した。そしてゲルマニア兵に適度に牽制射撃を加えながら、少しずつソレイユ・ロワイヤルに撤退する。
「さて、右舷の攻撃力は完全に奪った。これで帰ってくれたらいいんだけど――ん？」
「殿下、敵の主砲が動いております！」
「どうして主砲が……」
近過ぎてソレイユ・ロワイヤルを狙うことの出来ない主砲。それらが一斉に、砲口を空に向けて動かし始めた。絶対にソレイユ・ロワイヤルには当たらないだろう。
「撃った……」
そして空に向かって一斉射。連合国艦隊はシャルンホルストの射程の遥か遠くにおり、砲弾が落ちるのは何もない海の上の筈である。
「まさか射程を隠していた？ 友軍艦隊の様子は？」
「な、何もないようですが……」
「殿下！ 大変です！ シャルンホルスト甲板上の兵らに、多大な死傷者が出ております！」
「何？ どういうこと？」
全く状況の掴めないクラウディア。別にゲルマニア兵が打って出てきた訳でもないのに、意味が分からない。
「そ、それが、主砲が火を噴いた瞬間、その周囲にいた兵が吹き飛ばされたと！」
「それは、何が……」
「あれほど巨大な大砲なのだ。爆発の衝撃は、人を殺すほどだろう」
アリスカンダルは言う。大砲というのはつまるところ火薬の爆発で砲弾を飛ばす訳で、その衝撃波の大半は砲身に吸収されるが、外にもそれなりに伝わる。古典的な大砲であれば人間に危害など加わらないが、砲身だけで数十パッススの長さを誇る艦砲ともなれば、その衝撃波は甲板上の人員を殺傷するだろう。
そして魔導装甲は、そのような空気を伝わる衝撃に対してはほぼ無力である。シャルンホルスト甲板にいた魔導兵は一斉に死傷し、組織的な戦闘能力を一瞬で失ったのであった。
「ゲルマニア兵が出て来ました！」
「こんな作戦が……」
「してやられたな」
壊滅した甲板上に、ゲルマニア兵が打って出る。魔導兵は突然の事態が二度も続き、ほとんど抵抗も出来ずに瞬く間に射殺されていく。
「敵軍、こちらに攻め込んで来ます！」
「クッ……。迎え撃て！」
「まさか反撃してくるとはな」
ゲルマニア兵が逆に乗り込んでくる。ソレイユ・ロワイヤル甲板上の魔導兵達は数発の矢を放つと、剣を抜いて逆に突撃する。しかし、突撃銃の威力の前に、敵に斬り込む前にたちまち数を減らしていく。
「クラウディア、こちらも遮蔽物の後ろに隠れるべきではないかな？」
「そ、そうだね。魔女隊は盾を作り、魔導兵はその後ろに隠れよ！」
白兵突撃の無意味さを悟り、魔女達が作り出した種々の遮蔽物の後ろに兵士達は隠れるが、それはそれでゲルマニア兵にも利用されてしまう。かくして両軍はソレイユ・ロワイヤルの艦上で矢と銃弾を撃ち合うことになる。
「それと、陛下は本当に下がって」
アリスカンダルに船内に下がるよう促すクラウディア。しかし、アリスカンダルにそんな気はなかった。
「こんな時に、私に安全な場所に閉じこもっていろと言うのかね？ それは酷というものだよ」
「……何を言ってるのか分からない」
「君は好きにしているといい。私はここで、この戦いを観戦する」
「陛下が死んだら私の責任になるのだけど」
全く退く気のないアリスカンダルに、クラウディアは付き合わなくてはならなかった。二人とその家臣達は甲板の一段上から戦いの指揮を執る。
「アリスカンダルだ！ 奴を殺せ！！」
「ほら、こういうことになる」
その時、ゲルマニア兵が彼らの存在に気付いて突撃してきた。
