ワラキアの内乱
僅か5千の兵力で30万のゲルマニア軍を撃退するという神かがり的な采配を見せつけたヴラド公。しかしながら、彼の軍隊もまた無事では済まなかった。
首都に帰還した軍勢は一般人の目から見ても分かるほどに目減りし、兵らは傷付いていた。
「殿下、ご無事でしたか!」
重臣達が城壁の外まで迎えに来た。まあ君主が凱旋する中で城にふんぞり返っている訳にもいくまい。
「私はこの程度では死なぬ」
「しかし、軍勢は相当な損害を受けたようですが……」
「半分は死んだ。だが、何も問題はない」
「は、半分ですと? それでは、もう一度戦えば全滅ではありませんか! しかも兵らは既に疲れ切っている様子ですし……」
「ゲルマニア軍は暫くは動かぬだろう。その間に兵を休め、新たに兵を集めておけ」
「はっ!」
常に大口を叩いているものの、実際は冷静なヴラド公。すぐに現実的な命令を出し、全軍を休ませることにした。多大な損害を負った軍隊をゲルマニア軍の再攻撃までに再建させるのは不可能だろうが、少しでも戦力を補充しなければならない。
が、その矢先に事件は起こる。
「殿下! 申し上げます! ジダヴァ伯爵、ゲルマニアと内通し、領土を開け渡そうとしております!」
「……何と? 私を、ワラキアを、裏切りと言うのか?」
「そ、そのようです」
首都の西部に領地を持つ大貴族のジダヴァ伯爵。ヴラド公の消耗にゲルマニアの勝利を確信し、寝返ったようである。戦争ではよくある鞍替えだ。
「皆の者、よく聞け。私は、いかなる裏切りも断じて許さぬ。裏切り者は尽く、串刺しに処される。よって、これより、ジダヴァ伯爵を討伐しに行く! 戦の支度をせよ!」
「お、お待ちください! 兵らには休息を取らせたばかりです! すぐに動かせるのは200人程度の近衛隊のみですぞ!」
「それで構わぬ。すぐに出陣する。着いてこられぬ者はここに残っておるがよい」
ヴラド公はすぐさま鎧を着て紫に煌めく剣を持ち、馬に乗って打って出た。彼に着いてこられた者は僅かに100人ばかりであった。
「よくぞ着いて来た。お前たちこそ真の騎士だ。裏切り者など恐るるに足らず!」
「「おう!!」」
この僅かな兵力で、ヴラド公はジダヴァ伯爵を討伐するつもりである。
○
その頃、ヴラド公出陣の報告を受けたジダヴァ伯爵は恐れ慄いていた。
「ば、馬鹿な! もう出陣しただと!? 早過ぎるだろ!」
「し、しかし、報告に間違いはないかと……」
「奴は何人で来る?」
「お、およそ、100人ほどかと」
「は……? たったの100人だって? 何だ、何も問題はないじゃないか! いくらあのヴラドでも、100人ではどうすることも出来ん!」
「それでは、防御を整えましょう」
ジダヴァ伯爵は大貴族として1,000人ほどの魔導兵を動員することが出来る。それ自体は小勢だが、敵が100人ならばどうということはない。伯爵は居城の傍に塹壕を掘らせ、ヴラド公の攻撃に備えた。そして彼自身も前線の指揮に立った。
「敵勢を確認! 本当に、100人ほどしかいないようです!」
「ふう。ヴラドが馬鹿で助かった。矢の射程に入り次第、矢の雨を浴びせろ!」
両軍とも装備する武器は同じである。ヴラド軍が騎射を開始すると同時に、ジダヴァ軍も塹壕の中から激しい射撃を浴びせる。
ヴラド公の兵士達は次々に貫かれ、馬から落ちる。だがその中に、一人異様な男があった。
「あ、あれは公爵殿下では!?」
「何!? ……ほ、本当だ。馬鹿め! 皆の者、奴を討ち取れ! 討ち取った者には褒美を与えるぞ!!」
ヴラド公は兜を身に付けず、顔を晒して突進していた。それを見つけたジダヴァ伯爵は全力でヴラド公を殺すように命じ、100を超える矢がヴラド公に襲いかかった。
「な、何!? 弾いただと!?」
「そ、そのようです!」
ヴラド公は紫に煌めく剣を振るい、飛来する矢を尽く叩き落とした。しかし、それでも人間の手には限界というものがあり、ヴラド公の脇腹に矢が突き刺さった。
「矢が当たりました!」
「お、おお、よくやった!」
「し、しかし、止まりません!」
「何!? 馬鹿な!?」
数本の矢が突き刺さったのは意に介さず、ヴラド公は進み続ける。
「と、止められません!」
「怯むな! 奴の魔法は魔導装甲を貫けん! 白兵戦で仕留めよ!」
串刺しの魔法に貫通力はなく、魔導兵に対してはほぼ無力だ。ジダヴァ伯爵は白兵戦を挑もうとするが、それも全てヴラド公の手の内である。
「や、槍!?」
「槍のようですね……」
ヴラド公は手元に槍を作り出した。
「ひ、怯むな! 剣を抜け! かかれっ!!」
塹壕から打って出てヴラド公を討ち取ろうとする兵士達。しかし、ヴラド公に近付いた途端、その槍の穂先は一撃で魔導兵の胴体を両断した。
「突っ込め! 数で推し潰せ!!」
たった一人の男に無数の兵士が押し寄せる。しかし、ヴラド公が馬上から振り回す槍は竜巻のように、近寄った兵士を切断した。
「さあ、来い。私を殺せる者はいないのか!」
死体の山を築き上げたヴラド公は、兵士を見下ろしながらゆっくりと進み始める。その恐ろしい容貌に、ジダヴァ伯の兵士はついに逃げ出し始めた。