ワラキア公国軍の反撃
ゲルマニアからの使者は早速ヴラド公の面前に連れて来られた。数段上から見下ろすヴラド公の威厳に使者達は竦むばかりであった。
「わ、我々は、神聖ゲルマニア帝国、ヴィルヘルム皇帝陛下からの勅使であります。公爵殿下に皇帝陛下からの書状を届けにやって参りました」
「ほう? 御託はよい。皇帝陛下は何と言っている?」
「はっ。皇帝陛下は、公爵殿下並びにワラキア公国に、共にガラティアと戦おうと仰せになっております。我が国には、ワラキア公国の独立を支援し、保証する用意がございます」
「なるほど。それだけか?」
「はっ。主だった内容は」
「つまらぬな。そんな話をこの私が受けると思ったか?」
書状を受け取りもせず、ヴラドはゲルマニアからの申し出を拒絶した。
「は……? し、しかし、これはワラキア公国が独立する絶好の機会の筈です!」
「家臣共もそう申していた。しかし、貴様らに与えられた独立など要らぬ。我らは我らの力で独立を勝ち取るのだ。故に、今はゲルマニアを全力で叩かせてもらう。ワラキアの領土に寸土でも足を踏み入れれば皆殺しにすると、皇帝陛下に伝えろ」
「し、しかし――」
「くどい。今すぐこの場を去らねば、貴様らの首を刎ねる。衛兵!」
「「はっ!!」」
衛兵達がゲルマニア人を取り囲み、剣を向けた。
「こ、このような無礼は――」
「ここで死ぬか、立ち去るか、選べ」
「…………このことは皇帝陛下にきっちりとご報告させて頂きます」
「そうするがよい」
使者を追い払ったヴラド。それもゲルマニアへの宣戦布告を添えて。
「よ、よろしかったのですか……? 使者に対してあのような行為は……」
「どの道、私はゲルマニア人が我が国を通ることを許さぬ。何も変わらぬよ」
「申し上げます! ゲルマニア軍60万、国境を越え、我が国に侵入を始めました!」
「来たか。皆の者、剣を持て!! 出陣する!!」
ヴラド公は政務を家臣に任せ宮殿を飛び出した。そして五千の兵を連れ、ゲルマニア軍を撃滅すべく出撃した。家臣達はいくら何でも勝ち目がないと、いざとなればゲルマニアに降伏する交渉を進めている。
○
ACU2315 5/20 ワラキア公国北部
「敵は総勢60万と言えど、所詮は師団ごとバラバラに動いている。我らはこの、精々1万と5千の敵を相手にすればよいのだ。恐れることはない!」
「「「おう!!!」」」
ゲルマニア軍はそもそも2本の街道、30万ずつに分かれているし、それも補給や街道の問題で一塊で動ける訳もなく、師団を単位に団子のように進軍している。ヴラド公はこれを横から襲撃すればいい訳だ。もっとも、1個師団ですら彼の兵力の3倍の兵力を持っているのだが。
「兵士達よ、進め! 敵を撃滅せよ!」
「「「おう!!!」」」
黒い魔導装甲を纏い、ヴラド公に絶対の忠誠を誓う5千の騎兵。ゲルマニア軍の横っ腹に向けて突撃を開始する。
○
「突撃!」
「「「おう!!!」」」
ゲルマニア軍の師団を発見したヴラド公。予想通り、一個師団だけが単独で行軍していた。そして魔導反応からこちらの位置は既に露見しており、ゲルマニア兵は機関銃を並べて突撃に備えている。
だがヴラド公は全く怯まず、一心不乱の突撃を命じた。
「銃を持つ者は全て射倒せ! 足を止めるな!」
機関銃の射撃など意に介さず、馬上で短弓を構え、次々と矢を放つワラキア兵。連射速度は早く、短弓と言えど人間を貫くには十分であった。ゲルマニア軍の射手は次々と矢に貫かれ、その火力はたちまち低下していく。
「斬り込め! 我らに抗う者はことごとく粉砕しろ!」
「「おう!!」」
ゲルマニア軍は急な遭遇戦であったことから塹壕も柵も用意出来ず、兵士達を防護するものは何もなかった。ワラキア兵は早々に敵陣に突入すると、馬上から剣を振り下ろし、馬の蹄で踏み潰し、ゲルマニア兵をあっという間に蹂躙した。一部の兵士は突撃銃で抵抗して見せたものの、敵味方入り乱れる混戦の中では十分に銃の性能を発揮することも出来ず、叩き斬られたのであった。
「殿下、前後より敵の援軍が迫っております!」
友軍の危機を聞きつけた他の師団が救援にやって来たようだ。
「潮時か。皆の者、敵の兵糧を焼き尽くせ! その後、撤退する」
「はっ!」
ワラキア軍は師団の運搬する物資を焼き尽くすと、颯爽とその場を去った。後には無数の死体と燃え盛る荷馬車だけが残された。
○
「我が総統、ご報告します。先日より、アイモス戦線東部、ワラキア公国各所にて、敵の散発的な襲撃が発生しており、進軍が大いに遅滞しております」
ザイス=インクヴァルト大将は報告する。ヴラド公による物資の焼き討ちはゲルマニア軍には痛手であり、ワラキア公国内で立ち往生することを強いられていた。
「何とかなるのか?」
「敵は敵の好きな時に好きな我が方を攻撃することが出来ます。これを壊滅するには、敵軍の拠点を落とさねばなりません。つまり、ワラキア公国の首都を落とします」
「対策があるのならよい。そうしたまえ」
「はっ。但し、侵攻に大きな遅れが生じてしまうかと」
「侵攻出来ないよりはいいだろう。やりたいようにやりたまえ」
「では、ワラキア公国を殲滅しましょう。我々の誘いを断った報いです」
ザイス=インクヴァルト大将は早々にワラキア公国討伐を決定した。




