大八州の空母
「殿下、申し上げます! 敵船シーラ、いつの間にか傷一つなくなっているとのことです!」
「何? さっきまでは全く修繕が間に合っていなかったのだろう?」
「は、はい。その通りかと」
「ふむ。何があったのか……。ともかく、もう一度爆撃を仕掛けよ!」
ヴァルトルート級魔導戦闘艦シーラ。さっきの爆撃の後、敵は確かに船を修繕しようとしており、それは間に合っていなかった。しかし今回、気付いた時にはシーラは完全に修復されていたらしい。にわかには信じ難いことだ。
再び爆撃を行い、様子を見る。
「申し上げます! 敵船、再び直っているとのこと! 爆撃は全く効いておりませぬ!」
「なるほど。どうやら攻撃は無駄なようだな。もうよい。全機、鳳翔に戻ってこい」
「し、しかし、このままでは敵に何の損害も与えられずに帰ってくることとなりますが……」
「わざわざ沈めずとも、奴らはもう爆撃機の恐ろしさをよく知った筈だ。いずれにせよ、そうそう海には出て来れなくなるだろう」
修復されたとは言えシーラを轟沈寸前にまで追い詰めた訳で、ヴェステンラント軍は爆撃機に襲われる恐ろしさをよく思い知ったであろう。晴政はこれで十分だと判断した。
「しかし、あれほどの船を一瞬で直せるとは、何者だ?」
「その言い様、晴政様は敵が一人だとお考えなのでございますか?」
朔は晴政に問う。普通その考えには至らないだろう。
「そうだ、敵に強力な魔女が一人いる。実力を持つ者が何人もいるのならば、それを遊ばせておくのは意味が分からん。魔女が一人遊んでいたと考えるのが普通だろう」
「はあ……」
ともかく、晴政の作戦は半分成功ということで終結した。
○
時は遡り、二度目の爆撃の少し後のこと。ドロシアは次の爆撃にシーラが耐えられないことを悟りつつも、船の修復を続けさせていた。
「急ぎなさい! 少しでも船を修復するのよ!!」
「「はっ!!」」
魔女達も結局は無意味だと察しつつ、作業を続ける。が、その時、彼女に声をかける者がいた。
「ドロシア、こんなことをしても無駄ですよ」
「は? って、オリヴィアじゃない。もう大丈夫なの?」
オリヴィアがようやく部屋から出て来た。いつもの弱気な様子は消え、静かに落ち着き払っていた。
「私は大丈夫です。そして今言った通り、こんなことをしていても無駄です。次の爆撃でシーラは沈みます」
「……そんなことは分かってるのよ。何? 嫌味を言いに来たの?」
「別にそんな訳ではありまそん。しかし、私なら、この状況をどうにかすることが出来ます」
「何をするつもりよ。何か作戦でもあるの?」
「いいえ。魔法です。私がこの船を修理します」
「あんた、大して魔法を使えないじゃ――いや、もしかして、レギオー級はあなたが継いだの?」
「はい。その通りです」
レギオー級の魔女はこの世界に9人であり、それ以上増えもせず減りもしない。魔女の一人が死んだ場合、それに最も血が近い若い女性にその力が継承されるのだ。シャルロットが死んだ時点でオリヴィアにレギオー級が継承されるのは明らかであった。
「ふん。じゃあ何とかしてみなさい」
「はい」
オリヴィアは魔法の杖を構えて船体に向けた。
「え、な、直った!?」
次の瞬間、太陽に照らされていたドロシアは艦内にいた。シーラは瞬く間に元の完全な姿へと修復されたのであった。
「ええ。直しました。私はヴァルトルート級の構造を把握していますから」
「そういう問題じゃなくて、どうしてあなたにこんな魔法が使えるよよ」
「私は青の魔女、あらゆる生物を操る魔女です」
「シャルロットにはこんなことは出来なかったけど」
「姉様は、自身の体を再生することに魔法を使いました。そして私は、周辺の生物を再生することに魔法を使います」
「船って生物なの?」
「木は生物です」
「あっそう」
生物を司る魔女と一般には言われているが、実際のところその対象は有機物全般である。動物でも植物でも、生きていても死んでいても、魔法を使う対象なのである。
「とにかく、助かったわ。シャルロットのより汎用性がありそうな魔法じゃない」
「…………」
「……悪かった」
「殿下、申し上げます! 敵爆撃機、撤退するようです!」
「こんなのを見たら、奴らも裸足で逃げ出すか。全艦、全速力で南に向かえ! 次が来るかもしれないわよ!」
「はっ!」
ヴェステンラントの新たなレギオー級の魔女の力によって、ドロシアは九死に一生を得たのであった。しかしどうしてこんなところに爆撃機が現れたのかはついに分からなかった。
○
一方その頃。鳳翔の情報はゲルマニアにも伝わっていた。
「……何なんだ、これは。戦艦でもないようだが」
鳳翔の写真を並べて眺めつつ、ヒンケル総統は唸る。大八洲が鋼鉄の船を建造していることは知っていたが、こんなよく分からないものを造っているとは思わなかった。
「うーん、これは航空母艦だね」
絵に描いた魔女のような格好をした女性、ライラ所長は言った。
「知っているのか?」
「うん。シグルズが提唱した船の一つだからね」
ライラ所長は空母という概念を知っていた。シグルズがいつの日にか、余興として語った話だ。