大八州の鋼鉄船
ドロシアは船室を出る。
「何の音?」
「わ、分かりません……。とても聞いたことのない音ですが……」
「殿下、空です! あちらの空に何かが!!」
「空?」
遥か彼方の北方の空。鳥のような形をした複数の物体が、隊列を組んで飛行しているのが見えた。
「まさか……爆撃機か?」
「な、何でしょうか、それは……」
「そのくらい知っときなさい。ゲルマニアが造った空を飛ぶ機械よ。そして、空から爆弾を落としてくる強力な兵器でもある」
ヴェステンラント艦隊の前に姿を現したのは紛れもなく、爆撃機であった。魔女達には手の届かない遥かな上空から大量の爆弾を降らし、一方的に敵を虐殺し破壊する兵器だ。
「でも、どうしてこんなところに……。ゲルマニアがここまで爆撃機を運び込んだのか? いや、それにしても、ここは陸地から遠過ぎる……」
ゲルマニアが大八洲まで爆撃機を運び込んだのは、まだ納得出来る。ガラティアと開戦する前から秘密兵器として大八洲に運び込まれていたのだろう。
だが、ドロシアの知識が間違っていなければ、爆撃機は燃料の足りる限りの距離までしか飛べない。陸地から遥かに離れたこの海上に、どうやっても爆撃機が出現する筈がないのだ。
「魔法で燃料を作ったのか……しかしそんな芸当が出来る魔女を集まれるとは――」
「殿下、如何されますか!? あのようなものに、どうすれば……」
「あれと戦うのは不可能よ。魔法の使える者を総動員して、爆弾を落とされた箇所をすぐに修復するしかないわ」
「はっ……」
爆撃機を攻撃するのは不可能である。よって、ただただ落とされる爆弾に耐えるしかないと、ドロシアは判断した。
「魔女隊、配置に着け! 奴らが来るわよ」
爆撃機が迫る。魔女隊はシーラの各所の配置に着いた。
「爆弾が落ちてきます!!」
「総員、衝撃に備えよ!!」
シーラの真上に来た5機の爆撃機は、次々に爆弾を投下した。攻撃はシーラだけに集中し、撃沈する気満々である。
「クッ……」
爆弾は次々にシーラに襲いかかる。一つの爆弾だけで船室が一つ吹き飛ぶような代物が数十発投下され、甲板は半分以上が吹き飛ばされ、シーラは一分もしないうちに激しい戦闘を経たようなボロボロの姿になってしまった。
「一波去ったか。魔女隊、直ちに船を修復せよ!」
爆撃機が去ったのを確認すると、魔女達はシーラを修復しにかかる。破壊された船室、装甲、甲板、その他を魔法で作り上げるのだ。しかし損傷が大きく、シーラを修復出来るのはシーラの構造を把握している一部の魔女だけであり、修復は遅々として進まない。
「殿下、爆撃機が戻ってきます!」
「クソッ。修復は間に合わないか。総員艦内に入れ!」
修復が半ばの状態で、爆撃機が反転し戻ってきた。爆撃は再び行われ、修復した分が破壊されたどころか、上甲板はほとんど破壊され中甲板も半ばが破壊されてしまう。
「修復はとても間に合いません! また爆撃機が戻ってくれば、シーラは沈みます!!」
「クソッ……やってくれるわね…………」
爆撃機はまた戻ってくる。ドロシアは敗北を悟っていた。
○
「ふはははは! 奴らは手も足も出ぬ!」
洋上に浮かぶたった一隻の船の艦橋に、晴政ら大八洲側の将軍が乗艦している。その船は全てが鋼鉄で造られ、高さも長さもアトミラール・ヒッパー級戦艦を上回っている。
その甲板には大砲の類はどこにもなく、塔のような艦橋があることを除けば、綺麗な平面であった。そしてその甲板の上には数機の爆撃機が並んでいる。
「航空母艦、鳳翔。これさえあれば、大八洲は無敵だ」
航空母艦、航空機を搭載して、洋上で発着を行う兵器。広大な海のどこであろうと爆撃機を使える兵器。
大八洲はアトミラール・ヒッパー級に触発され、早くから鋼鉄艦の建造を開始していた。全国から船大工と刀鍛冶をかき集めて建造したのがこの、世界唯一の航空母艦、鳳翔なのである。
爆撃機についてはゲルマニアからの輸入品であるものの、鳳翔についてはほぼ大八洲が独力で建造したものだ。爆撃機もいずれ生産出来るようになるだろう。
この鋼鉄の艦橋で鎧兜を纏って指揮をしているのは何かを間違えている気がするが、武士が甲冑を脱いで戦に挑むなど受け入れられない。
「申し上げます! 爆撃隊、もう一撃を加えれば、シーラを沈められるとのこと!」
「よろしい。シーラを沈めた後、爆撃隊は戻って来させよ」
「まだ爆弾は残っておりますが……本当によろしいのですか?」
「よい。やろうと思えばヴェステンラント人を皆殺しに出来るだろうが、それを流石に寝覚めが悪いからな。奴らに鳳翔の恐ろしさを教えこんでやれば、もう海には出て来れない。そして海を失えば、この広い東亞では碌に戦えぬ」
ヴェステンラント軍の主力部隊を皆殺しにすることは不可能ではないが、抵抗も出来ない状態でそれをするのは鬼畜の所業だ。今回の作戦の目的はヴェステンラント軍に鳳翔の圧倒的な力を見せつけることにある。
シーラは抗うことも出来ずに撃沈され、海戦は一方的に終了する――筈であった。