籠城と撤退Ⅱ
「申し上げます! 北門が突破され、大八洲勢がなだれ込んで来ております!!」
「何? こんな一瞬で落ちるなんてあり得ないわ」
「そ、それが……内通者が門を開け、敵兵を城内に導いたとのことです」
「裏切り者か。チッ……後ろの城門に下がって食い止めなさい!」
「城兵は大混乱で、動かせる兵力がありません!!」
「はぁ? だったら私が出るわ。残ってる兵士を全部かき集めて向かいなさい!!」
ドロシアは本丸で控えていた自身の護衛などありったけの兵力を引き連れて、城門の防衛に向かった。
「ど、ドロシア様! よくぞお越しくださいました!!」
もうすぐ敵が来るというのに、警備員のような数の兵士しかいない三の丸。
「ええ。こんな状況でも職務を全うしているあなた達は、褒美に値するわね」
「ありがたき幸せ……!」
「ま、私が来たからには何も心配は要らないわ。総員、城門の守りにつきなさい!」
ほとんど抵抗も出来ずに二つの門を失ってしまったが、ここから先には通さない。実際、毛利周防守の謀略なしでは城門は突破されていない訳で、ドロシアは守備に鉄壁の自信を持っていた。
○
「毛利殿、敵はようやく態勢を立て直したようです。力攻めをされますか?」
「いいや、せんでもよい。この辺りで睨めっこをするとしよう」
「敵の本丸はもうすぐそこですが……」
「焦ることはない。二の丸まで落とし、多くの倉を奪った。奴らの鬼石が尽きるのが先が兵糧が尽きるのが先か。待っていればそのうち奴らは枯れ果てよう」
「な、なるほど……」
毛利周防守は力攻めを止め、兵糧攻めに移った。無理に落とせばこちらにも大きな犠牲が出ることが分かっているからだ。
「し、しかし、敵は時間を稼いで南に逃げ延びるつもりのようです。ここで叩いておくべきではないのでしょうか……」
「敵は城に籠っておる。これを力に任せて攻めるは愚策。それよりも、野戦で叩きのめした方がよい」
「なるほど」
城攻めとなれば敵が弱体であっても少なからず犠牲が出る。であれば、ヴェステンラント軍にはとっとと脱出してもらい、野戦で決着をつけるべきである。
「ともかく、我らはこのまま適当に矢を放っておればよい。直にヴェステンラント勢は海に逃げ始めるであろう」
「はっ」
寧ろ逃げてもらうのが毛利周防守の目的。そして晴政の目的でもあった。
○
「殿下、ヴェステンラント勢が次々と、海へ逃げ出している様子!」
「やはりな。こんな城、捨てるが上策だろうからな」
ヴェステンラント軍は最初から潮仙半嶋の領土を守る気はなく、撤退までの時間を稼ぐことが目的であった。そして彼らは予定通り、船団を編成して大規模な撤兵を始めた。
「さて……奴らは海に出た。つまり、我らの勝ちは決まったも同然ということだ」
晴政は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「晴政様、あれを使うおつもりですか?」
「ああ。ヴェステンラント人が八万も集まっておるのだ。使わない手はあるまい」
「まだ一度も、人を相手に試したことがありません。それをこんな大一番に使うのはお勧め出来ませぬが……」
「そう固いことを言うな、源十郎。大八洲の船大工共をかき集めて造らせた船。失敗はあるまい」
「であればよいですが……」
晴政は敵を潮仙から追い出すだけでは飽き足らず、それを海上で殲滅しようとしていた。
○
陸地での戦いは2日ほど続き、ヴェステンラント軍は僅かな殿軍を残して大八洲の地から去った。
「シーラが残っていて助かったわ。お陰で八万人を一気に運べるわね」
ヴァルトルート級魔導戦闘艦三番艦、シーラ。姉妹艦で最後の生き残りである。その全長こそアトミラール・ヒッパー級戦艦とさして変わらない巨体であるが、こうして兵員輸送に使われている始末である。
アトミラール・ヒッパー級戦艦には傷をつけることしか出来ないし、大八洲海軍に対しては今でもそれなりの戦力だが、以前に姉妹艦のヴァルトルートを沈められている。
ドロシアはシーラの艦橋でようやく落ち着くことが出来た。
「さて、陸地までは何日かかるのかしら」
「一度琉球に立ち寄るのでしたら、5日ほどです。邁生群嶋まで一気に行くのならば、15日ほどです」
「そう。15日くらいなら大したことないわね。一気に行きましょう」
「はっ!」
邁生群嶋、地球で言うところのフィリピンまで一直線に南下することを決定した。圧倒的に巨大なシーラとされを取り囲む無数の船。軍艦から漁船まで、人を乗せられる船を片っ端から集めたものだ。
「殿下、ご報告致します。周辺に敵影なし。ここまで来れば、大八洲の船では追いつくことはまず出来ません」
「そう。よくやったわ」
大八洲の軍船は乱世の中で発展したものを土台としている。つまり遠洋航海能力は低く、全世界に侵略戦争を仕掛けてきたヴェステンラントの船とでは機動力の差は圧倒的である。実際、ヴェステンラント艦隊の前に大八洲水軍は全く姿を現さなかった。
が、航海を始めて2日後のことである。
「ん? 何の音かしら」
羽虫のようなうざったい音が聞こえた。一時的なものではなく、絶え間なく。それもどんどん大きくなってくる。