籠城と撤退
「は……? シャルロットが死んだ?」
「は、はい。シャルロット様は、討ち死にされました…………」
「……ああ、そう。分かった。下がりなさい」
黄公ドロシアに届いた衝撃的な報せ。 不死身の青の魔女シャルロットの死。にわかには受け入れ難いものであった。
「あの馬鹿が死んだ、か……。寂しいものね。私もそれなりに、あいつを頼りにしていたのかしら」
シャルロットはこの戦争始まって以来ずっと共に戦ってきた戦友であった。ドロシアはほんの少しだけ涙を流した。
「シャルロットにはこのくらいがちょうどいいわ……。さて、戦争をしないと」
ドロシアに休んでいる時間はない。すぐさま作戦の指揮に戻るが、戦況は更に絶望感を増していた。
「第一、第二砦破られました!!」
「もう間もなく、敵勢がここに押し寄せてきます!!」
「晴政本隊は非常に頑強、撃破は困難であるかと!!」
もうじきドロシアの籠る城まで敵はやって来る。そして晴政本隊を奇襲し撃滅する作戦は完全に失敗に終わった。ドロシアの勝ちの目はもう失われたと考えていいだろう。
「全軍、城に戻れ! ここで暫く耐え、南方に撤退する!」
「晴政を攻撃している部隊も、ですか?」
「ええ、そうよ。全軍を、撤退させなさい」
「はっ!」
晴政のいる陣地の外側と城内はトンネルで繋がっており、外に出た部隊を撤退させることは容易であった。全軍が退いたところでトンネルは爆破して完全に通行不能にした。
かくしてヴェステンラント勢八万が籠る城に大八洲勢九万が攻撃する、攻城戦が開始された。
「そう言えば、オリヴィアはどうしたのかしら」
「殿下は、暫く一人にしてくれと……」
「そう。まあ実の姉が死んだんだし、仕方ないわね。作戦の指揮は全て私が執るわ。全員、私に従いなさい」
「「はっ!」」
○
「ふむ……。なかなか堅固な城じゃなあ」
三方に別れた大八洲軍の一隊を率いるのは毛利周防守元久。大八洲の大名の中では最も歳を重ねている、最も経験豊富な武将である。
毛利隊はドロシアが築いた城の門の前に陣取り、暫しの休息に入った。城門は野戦築城とは思えない立派な石造りのもので、門の上には西方風の胸壁が並んで戦闘に備えている。門の前には深い堀が造られ、兵士達が勢いのままに突撃するのを防いでいる。
大八洲の基準から見てもなかなか頑強な城であり、勢いに任せた突撃では容易に跳ね返されてしまうだろう。
「毛利殿、敵のドロシアは土や石を操る魔女です。この城、決して張子の虎ではないと思われます」
「そんなことは分かっておる。お主は見て分からんのか」
「そ、それは……」
「ふっ、気に病むことにはあらず。いかに落とすべきか……」
「毛利殿、何か策がおありなのでしゎうか?」
「無論。と言うよりは、とうの昔より、既にこの城は我が術中にある、と言った方がよいかな?」
「は、はあ……」
「この儂が、何もせずただ睨み合いをしていたとは思うな。戦の勝敗とは、戦う前から決まっているものよ」
毛利周防守が長年の経験で培った謀略の腕が今光る。
「では、者共、城に攻め込むぞ」
「そ、それで、策とは……」
「すぐに分かる。気にせずに行け」
「はあ…………」
兵の体力が回復したところで、毛利周防守は城門に攻撃を仕掛けさせた。
「矢を射まくり、敵に射させるな! 盾を持て、よく身を隠せ!」
「「おう!!」」
老体でありながら、最前線のすぐ後ろで軍配を振るう周防守。武士達は敵の城門に向かって絶え間なく矢を射続け、敵に反撃の好きを与えない。城壁には既に無数の矢が突き刺さっている。更に武士達は盾の後ろにその身を隠し、ヴェステンラント兵が必死に反撃しても、その矢は届かない。
一見すると大八洲勢が敵を圧倒しているように見えるが、毛利周防守はそれ以上陣を進めようとしなかった。
「毛利殿、敵の反撃は弱く、一気呵成に城門を破る好機です!」
「まあ待て。まだその時にあらず」
「では、いつがその時だと言うのですか!?」
「だから待てと言うたではないか」
血気に盛る武将達を宥めつつ、ひたすら射撃を続ける毛利周防守。しかし、彼らが痺れを切らそうとしていた時、突如としてそれは起こった。
「城門が開いております!!」
「何!? 毛利殿、まさかこれが!?」
「いかにも。とっくのとうに城の中にはこちらと内通する者を配しておる。敵の兵らの目をこちらに向けさせたところで、背中を刺させたのじゃ」
「さ、流石は毛利殿……」
「さて、皆の者、門は開いたぞ! 一気に攻め込み、敵の大将ドロシアを討て!!」
「「「おう!!!」」」
全ての準備は整っている。弓兵が射撃を続けて援護する中、歩兵は堀を乗り越え、鬨の声を上げながら、城内に突入した。毛利周防守も彼らと共に城の縄張りに入った。
「一度門を破ればこちらのもの。敵が守りを固める前に、本丸まで駆け抜けよ!」
「「おう!!」」
三万の大八洲兵が城になだれ込む。ヴェステンラント側は突然の事態にまるで対応出来ずに大混乱に陥り、後方の城門は次々と突破されていった。