大聖堂制圧
シグルズが柱ごと何人かの僧兵を粉々にすると、流石に彼らも怖気付いたのか、陣形が乱れる。ガリヴァルディはその機を見逃さない。
「突撃! 一気呵成に制圧せよ!!」
「「「おう!!!」」」
大広間に反乱軍は突入し、多少の犠牲を出しながらも、数の暴力で僧兵を制圧した。もう教皇の座る玉座は目の前である。
「もう教皇を捕まえに行きますか?」
シグルズは問う。
「それでもいいですが、まずは安全の確保が先決でしょうな。周辺の部屋に敵が潜んでいないか確かめた後、玉座の間に突入します」
「妥当な判断ですね」
シグルズは暫し待機し、ガリヴァルディは周囲の部屋に兵士を遣った。
大広間に隣接するのは大抵個室で誰もいなかったが、一つだけ人がいる部屋があった。机に向かった老人が、外の喧騒も気にせずに淡々と書類仕事をしていた。
「今すぐ両手を挙げろ!」
数名の兵士が銃口を突きつける。しかし老人は筆を動かし続ける。
「私が神への奉仕を止める時は、私の命が尽きた時だけだ」
「…………これは脅しではない。撃つぞ!」
「だ、だが、抵抗もしていない奴を撃っていいのか?」
「そ、それは……いい加減、それを止めろ!」
兵士の一人が老人の手元のペンと紙束を吹き飛ばした。
「やれやれ、野蛮な奴らめ」
だが老人は風に紙が飛ばされたかのような様子で、少し気だるそうに紙とペンを拾いに席を立った。
「この……!」
兵士は限界に達し、老人の腕を掴んで無理やり引きずり出した。
「連れて行け! 判断はベニートに任せる!」
「は、はい! ほら、大人しく着いてこい」
兵士は老人を引っ張って連れ出そうとする。が、その時だった。老人は腰に帯びた剣を一流の騎士のような素早い動きで抜いた。その剣はほとんど黒に近い紫色に不気味に輝いていた。
「な、何だそれは?」
「この聖ペトロ大聖堂を汚す者には、死を与えなければならないのだ」
「な、何を……っ!?」
次の瞬間、老人の腕を掴んでいた兵士が何の前触れもなく、力なく倒れた。倒れた兵士の下に血溜まりが広がっていく。
「こ、こいつ……殺せっ!!」
「鉛ごときで神の恩寵を穢すことは出来ぬ」
兵らを全滅させた老人は、杖をつきながら大広間に姿を現した。
「あなたは……もしやリシュリュー枢機卿ですか?」
ガリヴァルディは男に見覚えがあるようであった。
「いかにも。そして、お前達は死なねばならない。この聖堂を穢したことへの、贖宥が必要なのだ」
リシュリュー枢機卿は紫に輝く剣をガリヴァルディに向けた。それが飾りではなく、魔法に関係するおぞましいものであると、ガリヴァルディはすぐに察した。
「皆、撃てっ!! 彼を撃ち殺せ!!」
数十の兵士が弧状になって、リシュリュー枢機卿に大量の弾丸を叩き込んだ。しかし、それらの弾丸は枢機卿には届かず、彼の体に到達する寸前で宙に浮いていた。
「クロエのような魔法が使えるのか……。面白い」
シグルズは興味を持った。この世界であれほどの魔法が使える人間は稀有であるし、しかも基本的には女性の方が魔法への適性が高く、あの老人が弾丸を防ぐなどという高度な魔法を使える筈がないのだ。
「あの魔法をご存知なのですかな?」
「同じような魔法を使う魔女を知っているだけです。しかし、その魔女はレギオー級の魔女。あんな魔法を使える人間が他にいる訳がないんですがね……」
「どうも、あの剣にからくりがありそうです」
「僕も同感です。新種のエスペラニウムなのか、本人の魔導適性を底上げする能力があるようですね。まあそんなものは聞いたことがないんですが」
「相手がレギオー級に匹敵する魔女ならば、どうすれば……」
まさかそんな化け物が現れるとは思わず、ガリヴァルディも判断に迷う。だが、案ずることはない。シグルズもまた同類の化け物である。
「中間弾薬で効かないのなら、もっと大きな弾をぶち込むだけです。まあ、見ていてください」
シグルズは魔法で対空機関砲を作り出し、リシュリュー枢機卿に向けた。リシュリュー枢機卿は僅かに驚き、目を見開いた。
「終わりだ、枢機卿とやら」
人間の肉体など軽く粉砕する弾丸が数百、リシュリュー枢機卿に叩き込まれた。流石の彼もそれを受け止めることは出来ず、クロエのように回避することも出来ず、両腕を吹き飛ばして倒れた。
「心臓への一撃だけは防いだのか。教皇庁は何てものを……」
「神は……お前たちを、許さぬぞ……」
「安心してくれ。僕は神の加護を受けているんだ」
「な……ま、まさか、お前、も…………」
何かを言いかけて、リシュリュー枢機卿は事切れた。
「さて、では教皇をひっ捕らえに行きましょうか」
「え、ええ、そうですな。教皇はすぐそこだ! 行くぞ!」
「「おう!!」」
反乱軍はついに玉座の間に突入する。シグルズもガリヴァルディも一緒に扉を蹴破った。
玉座の間には、十段以上の階段の上に、白い外套を纏った教皇が静かに座っていた。護衛などはおらず、シミ一つない白い部屋と相まって、教皇は神々しい雰囲気を醸し出している。
「あなたが教皇猊下ですな。我々にご同行して頂きたい!」
「キリスト者は何人も、あなた方異教徒に従属することはありません。速やかに、ここを立ち去りなさい」
「それは出来ませんな」
兵士達は一斉に教皇に銃口を向けた。