レモラ政体書
さて、ガラティア帝国首脳部との会談を終え、リッベントロップ外務大臣は総統官邸に戻ってきた。
「我が総統、ガラティアからの提案をお伝えします」
「うむ。連中は何を要求してるんだ?」
「彼らの要求はレモラ王国を絶対的な中立国とすることです。またその政治体制には教会を組み込むことを要求しています」
「中立は何も問題ないな。だが教会とはどういうことだ?」
レモラ王国を中立にさせるというのは、ゲルマニアが元より計画していたことだ。それについては問題ない。
「ここで言う教会とは、ビタリ半島の土着宗教の組織です。これまで信仰の保護と引き換えに、各地に張り巡らされた末端を使い、ビタリ半島の大衆の統制を行ってきました」
「それをそのまま、レモラ王国の統治機構に取り込めということか」
「はい、そうなります」
「我々が不利な点は何かあるのか?」
「国益という点に関してはほとんど不利益はありませんが、独立運動勢力は隅に追いやられてしまうことかと思われます」
「それが奴らの狙いか」
独立勢力などが政権を握ればどうやっても反ガラティアに傾くに決まっている。ガラティアをそれを見越して親体制派の教会を押し立てた訳である。
「……せっかく手を貸してくれた独立運動を裏切ることになる。そう考えてもいいのだな?」
「はい。ほとんど裏切りのようなものかと」
「心苦しいな。何とかならんのか」
「独立勢力にレモラ王国を握らせれば、確実に中立ではいられないでしょう。残念ですが、これが両国にとって最善の選択肢かと思われます」
「最初から独立勢力は見捨てるつもりだったのか?」
「まさか、滅相もありません」
ゲルマニアの思惑、独立勢力にレモラ王国を委ねることとレモラ王国を中立にさせることは、最初から矛盾しているのだ。どうやら外務省は独立運動など使い捨てるつもりだったらしい。
「…………では、仕方がない。教会を中心とした中立国に、レモラ王国にはなってもらおう。異論はないか?」
「恐れながら、それでは我が国が得るものが何もありません。もっと強硬策に出るべきかと」
ザイス=インクヴァルト大将はそう訴える。ガラティアを枢軸国に引き込むことが出来なかった以上、今回の作戦でゲルマニアが得るものは何もないでは無いかと。
「ガラティア帝国との国境線が短くなったし、地中海に緩衝地帯が出来るのはいいことではないか。それでも足りんか?」
「はい。この際はレモラ王国を我が方の勢力圏に組み込むべきかと」
「それではゲルマニアが最初から侵略を目的にしていたと思われる。それに、レモラ王国の防衛に兵力を割いている余裕はないだろう」
「それでは、ヴェステンラントとの講和はどうするのですか? もう1ヶ月近く膠着状態が続いています」
「また別のやり方を考えるしかないだろう。ともかく、今のままではダメだ。今回は、ここで引き下がろう。分かったな?」
「……はっ」
どこまでも不服そうな様子を隠さないザイス=インクヴァルト大将であった。
「それでは、ガラティア帝国からの要求を全面的に受け入れるということを、向こうに伝えてくれ。その後のことは、また一から考えよう」
「はっ。それではまたガラティア帝国に行って参ります」
「……たまには向こうの外務大臣に来てもらってもいいのではないか?」
「ガラティア帝国の高官は大抵複数の役職を兼ねていますから、そう簡単には動けないのです。すぐに動ける私が行った方が早いでしょう」
「まあいい。旅の無事を祈っている」
「ありがとうございます。では」
リッベントロップ外務大臣は今日も世界中を駆け巡るのであった。
○
「何だこれは……」
「我々は排斥されたも同然じゃないか!」
ゲルマニアとガラティアからの通告を受け取った、レモラ独立勢力の面々。自分達が政権に参加する余地のない両国の決定に、憤りを隠せずにいた。
「ベニート、どうするんだ! こんなものを独立とは言わない!」
「……落ち着くんだ。ゲルマニアが大きく関与している以上、レモラ王国の独立は担保されている。決して形だけの独立という訳ではない」
「教会の連中など信用出来るか! あんな神の教えすら無視しているクソッタレ共を!」
「気持ちは分かる。だが……ゲルマニアの支援を得られない以上、我々が戦ったところで勝ち目はない。ゲルマニアは我々を裏切ったのだ」
「クソッ! ゲルマニアの支援なんて要らん! 俺達は戦うぞ!」
「ゲルマニアとガラティアを相手にして勝てるものか! ここは素直に従うしかないんだ」
ゲルマニアに裏切られた独立運動に勝ち目はなかった。最早、国の隅っこで静かに暮らすしかないと、誰もが思っていた。
「ベニート、ゲルマニアから使者が来たぞ!」
「使者? 今更何を……。とにかく、会わせてくれ」
ベニート・ガリヴァルディの許に訪れた使者。それは若いゲルマニアの将校であった。
「あなたはどこかで……」
「あなたが隠れ蓑にしていた宿屋に二回ほど泊まり、二回ほど珍しいことに遭遇した者ですよ」
「ああ、フォン・ハーケンブルク閣下でしたか。噂は以前より耳にしていましたよ」
もう11年前のこと。レモラ一揆の時に少々の縁を持ったシグルズとガリヴァルディであった。