レモラ蜂起
「へ、陛下!! 一大事です!! レモラにて大規模な反乱が発生し、市街地のほとんどを奪われました!!」
レモラで起こった大規模な反乱は、すぐにアリスカンダルの耳に届いた。
「……レモラで反乱とは、何年ぶりだろうな。それで、駐屯部隊は壊滅したということか?」
「は、はい。レモラの駐屯地は同時に多数の叛徒の襲撃を受け、瞬く間に陥落しました」
「ゲルマニア軍が妙な行動を起こした次の瞬間に蜂起とは、奴らが手を貸しているのかな」
滅多に起こらないことが二つも連続して起こったら、その相関関係を考えざるを得ない。
「スレイマン将軍、どう思う?」
「まだゲルマニアが手を貸したかは分かりません。もしかすると、レモラの不穏な動きを察して警戒していたのかもしれません」
「それならば、それを察知出来なかったお前の責任だな」
「申し訳もございません。ゲルマニアがどう動こうと、蜂起の動きは察知出来た筈でした」
「まあいい。反乱が発生したのだ。直ちに軍を向かわせ、これを鎮圧せよ」
「はっ!」
数年前まではよく起こっていた反乱だ。対処方法はただ一つ。徹底的な鎮圧である。が、数十分してまた驚くべき報せがアリスカンダルに飛んできた。
「へ、陛下! ゲルマニアからの通達です! ビタリ人の民族自決を保護する為、神聖ゲルマニア帝国は独立勢力を支援するとのこと!!」
「ほう?」
アリスカンダルは少しだけ不快そうな表情を見せた。その深淵を覗くような目に、伝令の兵士も側近達も息を呑む。
「ど、どうされますか……?」
「ゲルマニアの思惑が分かった。連中は我々を和平交渉に引きずり込む為に独立運動を支援し、内戦を起こさせたのだ。これは明確な敵対行為である」
アリスカンダルはゲルマニアの真意をほぼ完全に推察した。だが、そこまではゲルマニアの思惑の内である。
「で、では、まさか」
「ゲルマニアと戦争か? ふっ、私はそこまで戦争が好きな訳ではない。今から新たな戦争に突入するのは愚策だ」
リッベントロップ外務大臣の予想通り、アリスカンダルは全面戦争を選ばなかった。彼の家臣達もそれを聞いて安堵した。
「では、蜂起を叩きのめすのですね」
「それもよいが、ゲルマニアが手を貸しているのであれば、敵は強力であろう。今言った通り、ビタリ半島に我らの注意を向けさせ、大八洲との戦争を立ち消えさせようというのが、ゲルマニアの目的だ」
「まさか、レモラ王国は独立させてやると……?」
「ああ、そうだ。元より大した物産も資源もない地域。くれてやっても構うまい。それに、ゲルマニアの出鼻を挫けるのだ。面白いではないか」
この展開は誰も予想していなかった。アリスカンダルは戦うことすらせず、レモラ王国の独立を認めてやろうと言うのである。
「わ、我々は、ビタリ半島を手に入れるのに、多くの犠牲を払って参りました。それを易々と手放されてもよろしいのですか?」
「確かに犠牲は払った。しかし、そんなことを気にしていては政治は出来ぬ。我々は冷淡でなくてはならないのだ」
「で、ですが……」
「ビタリ半島を失おうと、唐土を切り取れれば何も問題はない。すぐにゲルマニアにこのことを伝えよ」
アリスカンダルは内戦などをしてやるつもりはなかったのである。
○
「我が総統、どうやら、我々の思惑は大外れのようです……」
リッベントロップ外務大臣は青ざめた顔で会議室にやってきた。
「……何があった?」
「ガラティア帝国はレモラ王国の独立を直ちに了承しました。レモラ王国の体制について我が国と意見を交わしたいと申し出てきています」
「何だと? じゃあ、ガラティア帝国の目をビタリ半島に向けさせるのは、完全に失敗したということか?」
「はい。独立の支援を名目に掲げている以上、我が国がこれを断るのは不可能です。素直にガラティアからの提案を受け入れて、レモラ王国を独立させるしかないでしょう」
「まさかあのスルタンが、そんな道を選ぶとはな……。我々に選択肢はない、か」
ゲルマニアの策略は完全に破綻した。ガラティア帝国はビタリ半島に兵を出すことすらせず、あっという間に独立を認めてしまったのだ。これでは彼らの目は大八洲に向いたままである。
「こうなれば、やはり全面戦争しかありますまい」
ザイス=インクヴァルト大将は声高に。
「……そうかもしれんが、どういう名目で戦争を仕掛ける気だ。ガラティアは我々の要求を呑んだばかりなのだぞ」
「であれば、向こうからこちらに仕掛けさせるべきでしょうな」
「そんな方法があるのか?」
「なくはありませんが、現在の不安定な情勢では何とも。今暫くは待ちましょう。少々口が滑りました」
「……分かった。なら、一先ずはガラティアと交渉するぞ」
ビタリ半島には政府たりうる勢力が存在しない。レモラ王国がどのような国になるかを決めるのは、現実的にはゲルマニアとガラティアになるであろう。
「リッベントロップ外務大臣、またガラティアに行ってくれるか?」
「ええ、もちろんです」
帝都ブルグンテンから帝都ビュザンティオンまで、蒸気機関車で一直線である。