ヴェステンラントの妨害
3時間ほどが経過した。
「宮殿内の部隊、撤退を完了しました」
「やっとか。いや、寧ろ随分と早く進んだ方か」
多くの犠牲を払いつつ、ゲルマニア軍はノフペテン宮殿から離脱することに成功した。まあ宮殿から離脱しただけで、彼らは未だルテティア・ノヴァのど真ん中にいる訳だが。
「状況は少しはよくなったようだ。全軍、撤退を急げ!」
ゲルマニア軍の撤退が間に合うか間に合わないか。まだ予断は許されない。
○
さて、ようやくノフペテン宮殿から離脱することが出来た第88機甲旅団。休んでいる暇はなく、そのまま一直線にルテティア・ノヴァから脱出するべく進み始めた。が、ヴェステンラント軍は次の手を打ってきた。
「シグルズ様! 第3大隊が攻撃を受けています! 戦車が数両、撃破されています!!」
「何!? 市街地にも敵が潜んでいるっていうのか!?」
考えられるのは一つだけ。ルテティア・ノヴァにはゲルマニア軍が制圧しきれていない地下壕が多数存在し、しかも戦車を撃破出来るほどの装備を所持していると言うことだ。
「重騎兵か弩砲かは分からないが……放っておくわけにはいかない。全力で殲滅するんだ!」
「は、はい!」
敵の有力な戦力が市街地をうろついているなど看過出来ない。シグルズはそれを完全に撃滅することを決定した。
「師団長殿、今回は師団長殿自身も行くのか?」
「……そうだな。敵に戦力は十分に強力であると予想される。僕も出よう」
「では、こちらは任せてくれ」
「ああ。頼む」
オーレンドルフ幕僚長に部隊の指揮を任せ、シグルズは単身、指揮装甲車を飛び出して戦場へと向かった。部隊の後方では件の第3大隊が焼け野原になった市街地に向けて砲撃を繰り返していた。
「っ! やはり地下壕か……」
シグルズの目の前で一両の戦車が大破炎上した。敵がいるであろうと思われる前方を見渡すが、兵士らしきものは見えない。事前に設置され、巧妙に隠された地下壕から攻撃を仕掛けてきているのだろう。榴弾による攻撃は直撃したところで効果がないだろう。
「歩兵隊! 敵は巧妙に地下に隠れていると予想される! 敵の拠点を発見し、これを叩き潰せ!」
歩兵を出撃させたシグルズ。彼らは焼け野原で散開し、正面を広く手早く捜索した。歩兵が攻撃されることはなく、敵には対戦車用の装備しかないことが分かる。弩砲を非武装の人間が操作しているというのも、どこかで聞いたことのある話だ。
『閣下! 敵の拠点と思われるものを発見しました!』
ほんの小さな丘のような地上部分に細長い銃眼のついたヴェステンラント軍の拠点。シグルズの知識では特火点という言葉が一番よく似合う。
「内部は恐らく狭い空間だ。手榴弾をありったけ投げ込め!」
『はっ!』
シグルズの知識が通用するのなら、防御力を維持する為に特火点の内部は狭く造られている筈だ。故に爆弾を投げ込めば、爆風が内部に閉じ込められ、魔導兵とて無事では済まない。
兵士は銃眼横から数個の手榴弾をそっと投げ込んだ。たちまち激しい爆発が起こり、銃眼から土煙が噴き出した。
「撃ちまくれ!」
「「おう!!」」
ダメ押しに内部に向けて突撃銃の斉射を浴びせる。中は対人徹甲弾の雨あられに打たれ、地獄になっていることだろう。
「や、やりましたかね……?」
「ああ、そのようだな……」
始めて内部を覗き込んだ兵士達。中には破壊された弩砲と、原形を留めていない数体の死体があった。シグルズの予感通り、こんな自爆的な攻撃に魔導兵を使いはしなかったようだ。
『閣下、敵は殲滅しました! 敵は魔導装甲も付けていない人間でしたが……』
「……なるほど。よくやった。すぐに部隊に戻れ」
『はっ!』
歩兵らはすぐに装甲車に戻った。
「数人の民間人で戦車を数両撃破とは、費用対効果が最強じゃないか……。本当にロクでもないな」
自爆の効率の良さを改めて実感するシグルズであった。これだから切羽詰まった国はどこでも自爆戦術をやりたがる訳だ。
などと考えながら、シグルズもまた速やかに指揮装甲車に戻ってきた。
「全軍、再出発だ! 意味もなく止まっている暇はないぞ!」
「はっ!」
シグルズにはとにかく時間がない。休むことなく第88機甲旅団は進み始めた。機械化された部隊とは言え、瓦礫だらけのこの都市では大した速度も出せない。
「師団長殿、装備が潤沢に支給されている我々だから何とかなったが、他の部隊が同様の攻撃を受ければ、危険なのではないか?」
オーレンドルフ幕僚長は至極真っ当なことを指摘する。第88機甲旅団は帝国陸軍に2つしかない機甲旅団ということで突撃銃や手榴弾がかなり融通されて好きに使えるが、全体的に見ると装備は常に不足気味だ。
もしも他の部隊が攻撃を受ければ、苦戦することは容易に想像出来る。
「……なら、僕達が安全を確保した道から全軍を撤退させる。それが一番だろう」
「配置換えは時間がかかるぞ?」
「敵とやり合うよりはマシな筈だ」
シグルズは作戦変更をオステルマン中将に提案。即座に承認された。