ヴェステンラント軍の本気
「し、シグルズ様、どうしますか!?」
「迎撃――は、無理か」
迂闊に歩兵だけで宮殿に突入してしまった。そのせいで対空機関砲がない。対空機関砲が部隊と同伴しコホルス級の魔女が襲いかかって来ないのが当たり前になりすぎていたのだ。
「突撃銃は射程が短すぎ、小銃は連射力が足りな過ぎる。クソッ。全軍撤退!! 戦車隊と合流せよ!!」
敵の拠点に突入した途端に逃げ帰るという無様な姿を晒してしまった第88機甲旅団。とは言え、主力部隊と合流すれば、対空機関砲の庇護を受けることが出来る。魔女達が城壁の外に出てくることはなかった。
「しかし師団長殿、どうするのだ? 装甲車を城内に突入させるとなると、かなり面倒な工事が必要になりそうだが」
オーレンドルフ幕僚長は言う。城門は意図的なのかこの規模の城にしては狭めに造られており、精々馬車くらいしか通れないだろう。ここを機甲部隊が通過するには、城壁を破壊して城門を拡げ、橋を掛けなければならない。これには少なくとも10日ほどは時間がかかること間違いなしだ。
「ああ。ここに車両を通すのは時間がかかりすぎる。だから対空機関砲だけ持っていこう。昔はそれでやっていたんだ」
「承知した。対空機関砲の他にも、白兵戦用の装備は我々の手で運ぼう」
「そうしてくれ」
対空機関砲が開発された頃は装甲車すらなかった訳で、その運用に車両が必要な訳ではない。但し、重い対空機関砲を持ち運ぶのはかなりの手間ではある。が、シグルズには他にいい案も思いつかなかった。
かくして第88機甲旅団は多数の重装備を運搬しながら、再びノフペテン宮殿に突入した。
「そう言えば、親衛隊はどうしてるんだ? 宮殿のすぐ隣に陣取っているらしいけど」
「親衛隊も対空機関砲などを取り外して突入する準備をしているそうです」
「そうか。まあ同時に攻める必要もない。僕達はこのまま進む」
「はい!」
重火器をノロノロと運搬しながら、兵士達は庭園に足を踏み入れた。コホルス級の魔女達は、今度は影も形も見せなかった。
「対空機関砲は効果的なようでよかった」
「確かに、ほとんど改良されてませんからね」
戦争の初期に開発されて以来、対空機関砲はずっと現役だ。魔導装甲を纏えない魔女達にとっては、一撃で人体を粉砕する機関砲は恐るべき存在なのだろう。シグルズも対空機関砲を敵に回したくはない。
「さて諸君、この宮殿を貰い受けようじゃないか。この無駄に広いだけの宮殿を、片っ端から制圧するぞ!」
「「おう!!」」
という訳で、シグルズは一番近くにあった建物から制圧していくことにした。まあ直に援軍が到着する筈だから、第88機甲旅団が全部しなければならないということではない。
シグルズが最初の目標に選んだのは、白亜の柱状の建造物。宮殿の多くの建物は連結されているが、これは独立している。
「ヴェロニカ、ここの魔導反応は?」
「建物の中に千人近くの魔導兵がいます。結構重点的に防御されているようですね」
「敵を引き寄せておく囮、ということか。まあよくある構造だな」
「他の建物から孤立しているなら、無視してもいいのでは?」
「そんなことをしたらここの兵士達が飛び出してきて、側面か背後から殴られる。僕達にはここを無視するっていう選択肢はないよ」
「そうだな、師団長殿。どうやら、何も考えていない訳ではなさそうだ」
「ああ。意外と厄介かもしれない」
日本風に言えば出城というものに該当するだろう。まあ出城ほど戦闘向けに造られている訳でもなさそうで、見た目はただの太い塔である。
「敵の強力な反撃が予想される! 防楯をありったけ持ってこい!」
地下街で何度か使用した防楯を持ってこさせ、木の扉の前に並べる。魔導反応を見るに、敵はこの向こうで弩を構えて待っている筈だ。
「し、シグルズ様、本当にここに突っ込むんですか……?」
「ああ。それが僕達の仕事だからね。では行くぞ!!」
「「「おう!!!」」」
兵士達は鉄の壁の後ろに身を潜め、シグルズが魔法で扉を開けた。宮殿らしい豪華な装飾が目に飛び込んできたが、次の瞬間には無数の矢が扉を貫き、鉄の壁を激しく叩きつけた。シグルズも流石に壁の後ろに目を潜める。まるで雨のように、絶え間なく矢が盾を打ちつけていた。
「ここまでやる気満々とは……」
「こ、こんなの、どうすれば……」
ヴェロニカはすっかり怖気付いてしまった。
それも無理はない。頭を出した瞬間に吹き飛ばされそうな勢いだ。銃のようにけたたましい射撃音がしないのが、兵士達の精神衛生にはまだ救いだろうか。
「取り敢えず、敵の様子を見ようか。今回もあれを使うとしよう」
「潜望鏡ですか?」
「その通りだ」
シグルズは潜望鏡を盾からそっと出し、敵の様子を観察する。建物の内部は外からの見た目通りの円形の広間になっており、その直径上にゲルマニア軍と同じような鋼鉄の盾が並べられ、数百の魔導兵がひたすらに弩を連射している。やっていることは地下壕のそれとさして変わらない。
「――ならば、同じ方法で突破出来る。盾を押し出せ! 奴らに肉薄するぞ!!」
シグルズ自ら盾を押し、兵士達を引っ張る。このまま最接近して敵陣に突入すれば勝負は決する筈――であった。
盾を進め始めてすぐ、壁の内側が爆発のようなものが起こり、兵士達が吹き飛ばされたのだ。