地下空間の決戦
その後、地下通路は何ヶ所も完全に封鎖されており、その度にシグルズは進路を変更した。ヴェステンラント軍に誘導されている気しかしないが、とにかく進む。多くの魔導兵を殺し、その数十倍の民間人を護送し、時間はかかってしまったが、それでも第88機甲旅団は確実に王宮に近づいていた。
「王宮まで、直線距離としてはもう4分の1を切りました。もう少しですね」
「そうか。とは言え、宮殿に近付けば近付くほど、敵の抵抗が激しくなってきている気がする。そろそろこんなものではない反撃が来る気がする」
敵の本丸の中の本丸だ。戦力が分散しないように水際に強力な防衛線を敷くのは兵法の常道である。そしてそんなシグルズの予想は見事に的中してしまうのであった。
「シグルズ様、多数の魔導反応を確認しました! その曲がり角を曲がった先です!」
「ついに来たか」
シグルズが差し掛かった丁字路。魔導反応を見る限り、それを曲がった先の太めの道に多数の魔導兵がいるようだ。通路の左右の部屋に敵がいたこれまでとは構えが違う。
「敵の数は?」
「およそ千です。かなりの数ですね……」
「確かに。とんでもないな」
絶対的な数は大したことないが、通路にこれだけの魔導兵が配置されているとなると、シグルズが本気を出しても突破は困難だ。目の前の丁字路で姿を見せれば、たちまち蜂の巣にされてしまうだろう。
「まずは様子見でもしようか」
「シグルズ様、それは……」
シグルズは魔法で直角に曲がった鉄パイプのようなものを作り出した。
「潜水艦の潜望鏡だね。これで曲がり角の向こうを覗ける」
「なるほど……」
シグルズは潜望鏡を曲がり角の先に出し、そっと覗き込んだ。
――しっかりとした陣形、これは時間稼ぎでもなさそうだ。
ヴェステンラント兵は人の腹くらいの高さの遮蔽物の後ろに隠れ、魔導弩を隙間なくその上に乗せて真正面に向けている。加えて、その後ろにも多数の魔導兵がいるようで、突撃程度で簡単に突破するのはやはり無理そうだ。
「シグルズ様、どうでしたか?」
「敵は本気だね。蟻一匹通す気はなさそうだ」
「まあ、敵はこっちのことを分かってるだろうし、ちょっと喧嘩を売ってみようか」
「し、シグルズ様!?」
シグルズは曲がり角から手だけを出して、拳銃の引き金を引いた。射撃音から僅かに間を開けてカツンと甲高い音が鳴ると同時に、十数本の矢が飛んだ来て、ことごとく煉瓦の壁に突き刺さった。ゲルマニア兵もこれには少々怖気付く。
「こ、こんなの、頭を出しただけで死にそうですね……」
「ああ。奴らは本気のようだ。だが、僕らとてこれを想定していなかった訳じゃない」
と言うより、こういう敵の防衛線との戦いは最初から想定していて、これまでは肩透かしを喰らい続けていただけである。
「防楯を持ってこい!」
第88機甲旅団が持ち込んだのは、長椅子のような形をして、胸あたりまでの高さがある鉄の塊。このような銃撃戦で身を守る盾である。そして動かしやすいよう、底には小さな車輪もついている。
「盾を押し出せ!!」
「「おう!!」」
兵士達は縦を横から押して、通路に押し出した。ヴェステンラント兵は鋼鉄の盾を撃つが、その攻撃は全く寄せ付けない。やがて通路を鋼鉄が埋め尽くすと、兵士達がその後ろに入った。
「撃ち方始め! 撃ちまくれ!!」
塹壕戦のように盾の上に突撃銃を置き、たまに一瞬だけ頭を出しながら、ゲルマニア軍は反撃を開始した。
弾の数ではこちらの方が数百倍あるが、敵は頭に弾丸が直撃しようとビクともしない連中である。そして魔導装甲の耐久力が切れると、敵は後ろに控えていた兵士と交代し、射撃を続ける。
極稀に鎧の隙間に弾丸を通すことの出来た場合を除き、ヴェステンラント兵を討ち取ることは出来なかった。
「閣下! 敵はやはり硬いです! 対人徹甲弾でもまるで貫けません!」
「やはりな。予想通りだ。このまま牽制射撃を続けろ!」
シグルズはこの銃撃戦で勝負を決めようなどとは端から思っていない。彼は少し戦場を離れ、通信をかけた。
「こちらハーゲンブルク少将。オーレンドルフ幕僚長、聞こえるか?」
『ああ。問題ない。それで、私はどうすればよいんだ?』
「敵の防衛線を後ろから殴ってくれ。こういう陣形は正面以外からの攻撃に弱いからな」
『そう言うと思って準備をしていた。任せろ』
「頼もしいな」
正面に敵の注意を引きつつ、後方から奇襲をかける。これがシグルズの戦術である。まあつまるところ、場所が部屋から廊下に変わっただけで、やることは変わらない。
しかし、それから暫くしても、戦況に変化はなかった。何事かとオーレンドルフ幕僚長に通信をかけようとした時、ちょうど向こうから通信が入った。
「どうした? 敵の奇襲でも受けたか?」
『いいや。敵はこちらにも堅牢な防御陣地を構築している。さしづめ、地下の城といった様子だ』
「なるほど。何としてもここは通さない構えか」
敵はただ通路を塞いでいただけではなく、そこに至る全ての道を同様の陣地で塞いでいた。オーレンドルフ幕僚長の言う通り、ただの壁ではなく、地中の要塞といったところだろう。