オーギュスタンの戦い方
戦闘が開始されて丸一日が経過した。しかしゲルマニア軍は、僅かに1パッススも前進することが出来ないでいた。その様子をヒルデグント大佐は王宮から眺めていることしか出来なかった。
「奇襲に次ぐ奇襲で指揮系統を混乱させる……まったく、最悪の作戦ですね」
「それはお褒めの言葉と受け取っていいのかな、お嬢さん」
「っ、誰ですか?」
貴族らしくとんでもなく高そうな厚い外套に身を包んだ赤毛の大柄な男がいつの間にか傍に立っていた。彼一人だけで、誰も付き添ってはいない。
「私は赤公オーギュスタン。この作戦を指揮している者だ」
「そうでしたか。では、ここであなたを殺せば、我が軍は少し楽に進軍出来るのでしょうか」
ヒルデグント大佐は武器がなくとも十分に強い。戦闘訓練を積んでいる訳でもない男の一人くらい、簡単に殺すことが出来る。
「確かに、その通りだ。やってみるといい」
「……いいえ、止めておきます。あなたが何の対策もなく殺されに来る筈がありませんから」
どうせどこかに魔女が隠れていて密かに護衛しているのだろう。わざわざ殺されに来る馬鹿とも思えないし、ヒルデグント大佐は何もすることはなかった。
「女王陛下からは狂信的な人間だと聞いていたが、少しは理性もあるようだな」
「あの、私を何だと思っているんですか? 女性に失礼ですよ」
「はははっ、悪かったな。それで、私に聞きたいことがあるんじゃないか?」
「別にありませんが、強いて言えば、どこから兵士が湧いているんですか? 王都はほとんど瓦礫の山になっているというのに」
ルテティア・ノヴァにマトモに人が隠れられる場所は残っていないというのに、魔導兵はどこからでも湧いて出てくるようだ。それはどういう仕掛けなのか。
「何だ、少し考えれば分かることを。地下だよ。この王都の地下には、網の目のように地下街が張り巡らされている。兵士は地下に隠れ、どこからでも攻撃の機会を窺っているのだ」
「王都の全体に地下街を? そんな技術がヴェステンラントに?」
「技術ではない、魔法だ。元よりこの王都は、余りにも海に近い。ちょうど今、君達がやっているように、海から敵対勢力が攻め寄せて来ることは、建国の折より想定されていた。故にルテティア・ノヴァは、徹底抗戦に耐えうるよう、長い年月をかけて巨大な地下を建設したのだ」
「なるほど。魔法に驕れる愚か者ではなかったということですか」
100年前から延々と建設されて来た、地下のルテティア・ノヴァ。その出入口はルテティア・ノヴァの至る所に存在し、神出鬼没の市街戦を敵対者に展開することを可能にしていた。一見して何の備えもないように見えた王都だが、その実どんな要塞でも敵わないほど戦闘に最適化されていたのである。
「それに、君達が地上部分を破壊してくれたお陰で、地下への入り口を探すことは非常に困難になった。本当に感謝しているよ」
「……それもあなたの想定内ですか?」
「想定から外れてはいないが、最も可能性の高いと思っていた未来とは違ったな」
「なるほど。いずれにしてもこの作戦で抵抗するつもりであったと」
「そういうことだな」
いずれにしても、街中に張り巡らされた地下壕というのはゲルマニア軍にとって非常に厄介な相手だ。砲撃を行っていなくても苦戦していたことに変わりはなかったであろう。
「しかし、我が軍のど真ん中で姿を現わしたりしたら、殺されるのは確実です。それでいいんですか?」
オーギュスタンの作戦は、ゲルマニア軍の陣形の真ん中で地下壕から飛び出し、高級将校や周囲の兵士を殺害するというものだ。そんなことをしたら確実に殺される。
「ああ、構わないとも。兵士達は自らの命を差し出して戦っているのだ」
「自爆攻撃という訳ですか」
「そう思ってもらっても構わん。それが最も効率的な戦術だ」
「自爆なんて、あなた方も地に落ちたものですね」
「人聞きの悪いことを言うな。この戦術こそ、最も人命を尊重したものだ」
「……何が言いたいんですか?」
「ある師団長を殺すのに、これまで通り素直に戦っていれば、一体何千人を犠牲にすればいいのかも分からない。だがこの戦術ならば、たった数人の犠牲で師団長を殺せるのだ。とても人道的だとは思わないか?」
「そういう考え方ですか。どうやら議論しても時間の無駄みたいなので止めておきます」
千人に半分が死ぬ任務を与えるのと、百人に必ず死ぬ任務を与えるのと、どちらが人道的だろうか。答えられる者はいまい。
「まあ、人道的かどうかなど、私にはどうでもいいことだがな」
「……そうですか」
「ゲルマニア軍がどれだけ健闘出来るか、ここから見物していようではないか」
「ええ。この程度、大したことはありません。すぐに我が軍がここまで攻め込んで来ることでしょう」
「まあ、君はそちらに賭けるといい。では、さらばだ」
オーギュスタンとの他愛もない会話は終わった。彼の目論見をゲルマニア軍に伝えられないのが悔しいが、ヒルデグント大佐にはどうすることも出来なかった。