ルテティア・ノヴァ市街戦
その頃、シグルズ率いる第88機甲旅団は当然、ゲルマニア軍の最先鋒としてルテティア・ノヴァに攻め込んでいた。建物という建物を破壊した為、視界は良好、戦車もその能力を十全に発揮出来るだろう。
シグルズや幕僚達はいつもの指揮装甲車の中から部隊の指揮を執っていた。
「シグルズ様、今のところ、私達の周辺に魔導反応はありません。少し遠くだとチラホラと反応がありますが」
ヴェロニカはルテティア・ノヴァのほぼ全域の魔導反応を監視している。第88機甲旅団のみに留まらず、ゲルマニア軍全体の援護も任務の一つだ。
「そうか……。ここまで都市を破壊しても魔導兵が隠れ潜んでいる、ということか」
どこに隠れられる場所があるのかは知らないが、敵は市街戦の定石に則り、ゲルマニア軍への奇襲を繰り返しているようだ。
「師団長殿、我々も敵の襲撃に警戒した方がいいだろうな」
「ああ、そうだな。全軍、細心の警戒を払え!」
辺り一面瓦礫の山。そのせいで逆に敵の隠れている場所などを推測することは出来なかった。やれることと言ったら気を抜かないようにするくらいである。
と、その時であった。
「っ!」
「シグルズ様!?」
装甲車に風穴が開き、鋭い矢がシグルズの目の前を通り抜け、反対側の装甲を貫いて外に飛んで行った。風圧で兵士達の服や髪が舞い上がったが、幸いにして人に損害は出なかった。
「僕は大丈夫だ。それよりも、9時の方向に敵だ! 歩兵隊は制圧に向かえ!」
2つの風穴のお陰で敵の位置はすぐに分かった。シグルズは兵士を送り込むと同時に自身も指揮装甲車を飛び出し、敵がいるであろう方向に飛んだ。
「……あれか」
瓦礫の間から数人の魔導兵が姿を現し、魔導弩を乱射している。そこに向かう兵士達は次々と串刺しにされた。
「総員、瓦礫に身を隠せっ!!」
兵士達は素早く身を隠し、瓦礫から目と銃口だけを出して突撃銃を乱射する。しかしまだ距離があり、数発当たったくらいなら死なない魔導兵を殺し切ることは出来なかった。
瞬時に発生した塹壕戦のような戦い。お互いに隠れながらの銃撃戦ではヴェステンラント軍に分があるようであった。このままでは埒が明かないと、シグルズは判断する。
「戦車隊! 砲撃始め! 敵を吹き飛ばせ!!」
シグルズは自ら観測を行い、戦車隊に砲撃を行わせた。数回の射撃で榴弾は敵兵に命中し、彼らを瓦礫の後ろから叩き出した。
「歩兵隊! 突撃せよ! 敵を蹴散らせ!!」
「「おう!!」」
シグルズは空から命令を飛ばし、兵士達は銃を乱射しながら突撃する。数人が魔導兵の反撃に撃ち抜かれたが、ゲルマニア兵は彼らに肉薄し射殺することに成功した。
「まったく、どうしてあんなところに――っ!?」
その時、シグルズの胸を一本の矢が貫通した。気道を撃ち抜かれて息が出来なくなり、にわかに気が遠くなるシグルズ。だが何とか冷静さを取り戻し、自分に開いた穴を塞いで体勢を立て直した。
「クッソ……こういうの聞いたことがあるぞ」
市街地に兵士を潜ませ、敵の高級将校を狙い撃ちして指揮系統の破壊を狙う。もちろんその兵士は大抵死ぬ。切羽詰まった軍隊が徹底抗戦を選んだ時によく採る作戦だ。
「さて、僕を殺しに来た奴はどこに――何!?」
考え事をしている間に、戦車隊の戦車が数両、爆発炎上した。シグルズは、彼を撃ち抜いた兵士などは放っておき、ヴェロニカに通信をかける。
「ヴェロニカ、どこかに大きめの魔導反応があった筈だ。場所は分かるな?」
分からないという返答は許さない勢いで、シグルズは問いかける。もっとも、彼女がそんなヘマをすることはない。
『は、はい。分かります』
「よし。その場所に歩兵を全力で投入、砲撃を行わせてくれ」
『了解です!』
これだけ言えば、ヴェロニカとオーレンドルフ幕僚長なら何をすればよいのかは分かるだろう。
「さて、僕はこちらを片付けよう」
先程シグルズを撃った魔導兵。シグルズは上空から敵を見つけ出すと、機関砲で粉々にした。そしてその間に、オーレンドルフ幕僚長が本隊を攻撃した敵部隊を殲滅したのであった。
○
全部合わせて僅か15分程度の出来事であったが、シグルズは疲れ果てた様子で指揮装甲車に戻った。
「シグルズ様! ご無事ですか!?」
「ああ。生きてさえいれば僕は問題ない。それよりも、さっきの攻撃は何だ? 何かどうなってる?」
「新型の弩だな。戦車を貫けるあれをもった魔導兵が瓦礫の中から突如現れ、戦車を6両持っていかれた」
ヴェステンラント軍が重騎兵と同時に投入した弩。正面装甲なら貫通されることはないが、側面から奇襲を食らうとやはり痛い。
「敵は、殲滅したんだよな?」
「無論だ。砲撃と突撃で粉砕してやった」
「それもそうか。だが、この街はどうも蜘蛛の巣みたいだな」
「く、蜘蛛の巣、ですか?」
「まるで僕達を嵌める為の罠みたいだってことだよ。敵が隠れていたのは偶然じゃない。全て敵の作戦の内だ」
王都は何の備えもないように見せかけて、あらゆる場所に罠が張り巡らされていた。全て赤公オーギュスタンの手の内なのである。